染めていく


 某日渋谷。千寿は釘崎とショッピングモールであれこれと洋服を選んでいた。
「野薔薇ちゃんは美人さんだから、なんでも似合っちゃうね」
「まあね!ていうか千寿さん、全然自分の選んでないけどこういうのは趣味じゃなかった?」
 釘崎のカゴにはいくつか選び抜いた洋服や装飾品が詰められていたものの、千寿のカゴには新しいタイツや靴下ばかりでこれといったものが入っていない。
「そんな事ないよ、可愛いと思うんだけど……久々に買い物に来たからかな、迷っちゃって」
 恥ずかしそうにそう答える千寿に、釘崎は不思議そうに首を傾げる。
「え?でも千寿さん、今着てるのってこの前出た新作じゃない」
「……そうなの?」
 きょとん、と知らなかったと言わんばかりのその顔に、何かがおかしいと質問を続けた。
「千寿さん、最後に自分で服買ったの、いつ?」
「え?ええと……最後……」
 口元に手を添えながら、うんうんと千寿は思い出そうと首を傾げる。けれどいつまで経っても答えは出てくる事はなかった。
「じゃあその服は?今ので何となく察したけど……」
「これは五条さんが、お詫びにって」
「お詫び?」
 以前話していた、伏黒との会話を釘崎は思い出す。千寿は食べ物以外はあまり受け取らない、と。特に五条からであるのなら尚更だと。
 そんな千寿がお詫びとして渡された洋服を受け取ったという事に、そんなに何かやらかしたのかと呆れたようにため息をついた。
「千寿さん、ほんとなんであんなのと付き合ってるの」
「あ、ち、違うんだよ、事故っていうかなんていうか」
 珍しく慌てて擁護するような言葉を続ける千寿に、益々理由が分からなくなり事情を聞くことにする。
 聞けば、待ち合わせの際に水を被ってしまった時、五条がやり方が分からず服を縮めてしまったり色移りさせてしまった時。入れてくれた珈琲をこぼしてしまった時、等々と。
「五条さん、あれでも五条家の嫡男だから……家事とかからっきしみたいで。最近は上手くなったみたいなんだけど」
 服を駄目にしたお詫びに、とその都度新しいものを渡されていたと聞けば、釘崎は恐る恐る口を開く。
「……まさかとは思うけど、それって」
「あれ?珍しい組み合わせだね。なになに、買い物?」
 突然降ってきた声に慌てて振り向けば、へらへらと笑みを浮かべて手を振る五条が見えた。
「げっ……」
「五条さん、どうしたんですかこんな所で」
「先生に向かってその反応はないんじゃないの、野薔薇……いやぁ、任務終わって高専戻る前に寄り道したんだけど。二人が居たから声掛けちゃった」
 そう答えながら、五条はじっと千寿が手にする服を見つめる。
「なあに、千寿それ買うの?可愛いね」
「あ、いえ、まだ決めたわけじゃ」
「ちょっと!女二人の買い物に口挟んでんじゃないわよ!」
「えー、いいじゃん少しくらい。こっちは?この前の靴と合うんじゃない」
 そう言いながら五条はひょいと別の服を取って千寿に合わせる。
「言われてみれば、合いそうですね……?」
「でしょ?これ着て僕とデートしてくれる千寿、見たいな」
「……ええと、その」
「えー、嫌なの?じゃあこれは僕が千寿にプレゼントしちゃおっかな、これ着た千寿、見たいし」
「自分で買ってきます」
 五条の言葉にぱっと服をカゴに詰めれば、千寿は足早に会計へと歩いて行く。
「耳真っ赤にしちゃって、僕の彼女可愛いでしょ?野薔薇」
「……ねえ、千寿さんの服って」
「あ!ついでに野薔薇の分、僕が買ってあげようか?頑張ってる生徒に先生がご褒美をあげちゃおう!」
釘崎の言葉を遮るように、勢い良くそう提案する五条に小さく舌打ちをする。
「ご褒美じゃなくて、口止め料でしょそんなの」
「口止めだなんて人聞き悪いなぁ。僕は何もやましい事はしてないよ?」
「どーだか。ここに来たのもほんとに偶然なわけ?」
「任務があったのは本当なんだけどなあ」
「……あれ、まだ居たんですか、五条さん」
「千寿ちょっと酷くない?可愛い生徒との時間くらいちょうだいよ」
「キモッ……そういうのいいから会計行くわよ!ついでに諦めたヤツも持ってくる!」
「はいはい、好きなだけ持っておいで」
 釘崎の後ろをついて行くように歩きかけて、五条はくるりと千寿に向き直る。
「次のデート、楽しみにしてるね」
「そういう、つもりで買ったわけじゃ」
 ふいと視線を逸らす様子に、満足そうにわしゃわしゃと頭を軽く撫でた。



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