「千寿ー?まだ起きてる?」
深夜、ぱたんとリビングの扉を開けながら五条は同棲相手の千寿をきょろきょろと探して行く。
「もう寝ちゃったかな……お、珍しいもの発見」
どさりと土産の紙袋を机に広げれば、ふと椅子の背もたれに掛かったスーツの上着が目に付いた。
「忙しかったのかな?こんな所に放っておくなんて仕方ないな〜!僕が片付けてあげないと」
なんの躊躇いもなく千寿の上着を手に取れば、上機嫌でクローゼットに仕舞おうと歩き出す。その横をひらり、と何かが落ちていくのが見えた。
「ポケットにもの入れっぱなしなんてますます珍し……は?」
拾い上げたそれに、五条は思わず低い声を漏らした。
「ねえ千寿、明日休みだよね?」
「え?はい、そうですけど……」
いつも通り仕事が終わり、高専に戻るために車を走らせていると不意に後部座席の五条が予定を尋ねてきた。
「じゃあ帰る前に寄りたいとこあるんだけどさ」
「今からですか?」
「いや、高専に戻ってからでいいよ。タクシー呼ぶから」
目的地を変更しようとカーナビを操作していたところで、五条の言葉に千寿は不思議そうに首を傾げる。
「それじゃあ手間だと思うんですが……」
「いーのいーの、どうせ運転出来ないから」
「はあ……?」
不思議に思いつつも五条の指示通り高専に車を戻せば、数十分後にはタクシーで五条の「行きたい所」とやらへ向けて出発する。
「……珍しいですね、サングラスかけてるの」
「ん?そうだっけ?」
「それに、急に寄り道なんて…明日休みなら明日で良いんじゃ」
「駄目」
ぴしゃりと否定してきた五条に首を傾げるばかりの千寿は、到着した場所を見てはっと目を見開いた。
「あれ、ここって……」
「はい、行くよー」
「え、あの、ちょっと」
ぐいぐいと千寿の手を引きながら建物内へ入れば、五条は手馴れた様子で受付を済ませていく。
「三階だって、行こっか」
「いやあの、そろそろ説明を……」
「説明?ほんとに必要?」
ぐ、と掴む手に力がかかれば、漸く五条の機嫌が悪いと千寿は察した。
「……あの」
「全く、僕の目を盗んでこんな事しちゃうなんて、一体いつからそんなに狡猾になったわけ?それとも誰かの入れ知恵?」
「うわ、っちょ、悟さん!?」
部屋に入るなりベッドの上へ放られれば、ギジリと上から五条が伸し掛かる。
「でも甘かったね、それともわざとかな?上着にこんなの入れてたら見つけて下さいって言ってるようなもんでしょ」
千寿の眼前には、五条が先日拾い上げたこの宿泊施設のスタンプカード。
「誰?誰と来た?僕っていう恋人が居ながら何処のどいつとこんな所に来た?今すぐ正直に吐くならちょっと痛い目見るだけにしといてあげる」
「え……その、ご、ごめんなさい。そんなに怒るなんて思わなくて」
「はあ?何言ってんの?怒らないわけないだろ、悪戯にしては度が過ぎるんだけど。馬鹿にしてる?」
「そ、そんなつもりじゃ……!そんなに悟さんがここに来たかったなんて知らなくて」
「いや別に来たかったとかそういう事じゃないんだけど?誰と来たんだって聞いてんの」
「あ、えと、冥さんと……す、すみません。ちゃんと声掛ければ良かったですね」
「……は……?冥さんと……?いや声掛けるって……何?何の話?誤魔化そうとしてる?」
「え……?あの、悟さんこそ、何の話、ですか……?」
分からない、と言いたげな表情の千寿に大きく息を吐けば五条はゆっくりと上から退いた。
「そっちの気があった、わけでも…無さそうだしなあ…もしかして僕の勘違い……?いやでもここに何で冥さんと来るんだよ」
「あの、すみません悟さん……お詫びにはならないと思うんですけど、二個……いえ三個位なら私が奢るので、好きなだけ食べて下さい」
「いや待って何の話」
申し訳無さそうな千寿の言葉に訳が分からなくなる五条をよそに、千寿の方はきょとんとした顔でベッドから降りてテーブルの上に置かれた冊子を抱えた。
「え?ここのトーストのデザートが食べたくて、黙って冥さんと二人だけで来たから怒ってたんじゃ無いんですか……?」
ぱらりと広げられたページには当店自慢、と大きく謳われた何種類ものデザートが載せられているのが分かる。千寿の説明に項垂れた五条は気の抜けたため息をついた。
「……もしかして、冥さんとこれ食べに来ただけ?わざわざ……こんな所に……?」
「え、だって、冥さんが女子会コースだと得だからって……私に声を掛けてくれて……最近忙しかったのでつい甘い物につられちゃって」
しん、とお互いに気まずい空気が流れていく。
「はぁー……なんかもう……どーでもいいや……とりあえず全部頼んで」
「エッ、あ、はい……私もすみませんでした……」
「いや、いーよ。良くは無いんだけど。もういいよ……今度から一応僕にそういう報告してくれる?」
ぎゅう、と抱きすくめながら深いため息をこぼすばかりの五条に、千寿は小さく頷くしかなかった。
「ちょっと冥さーん?」
「おや、五条君。私に何か御用かな」
後日。高専に立ち寄っていた冥冥を見かけた五条は不満そうな声で彼女を呼び止める。
「あんまり千寿に変な事しないで貰えます?この間も冥さんのお陰で一大事だったんだけど」
「ふふ、彼女の事になると余裕がなくなるね。たまには可愛い後輩と甘い物でもと誘ったまでなんだけれど」
「場所が問題なんだっての……」
がしがしと五条が頭を掻いて困った様に冥冥にそう告げれば、一層楽しげにくすくすと笑みを浮かべた。
「あの不思議そうな彼女の顔はついからかってしまいそうになるね、ふふ」
「だからマジでそういうの勘弁してって」
「君の機嫌を損ねるのはあまり宜しくないね。お詫びに女子会の様子を撮影した動画をタダで送ろうか」
「……その冥さんのデータを消すのは?」
「それは別途かかるよ」
す、と示された指の数に多少口を尖らせながら、然し慣れた手つきで五条は自身のスマホを弄り出す。
「随分羽振りがいいね」
「必要経費ってやつでしょ。僕以外の……まあ居ないとは思いたいけど、念の為ね」
「私の手元にあるのが気に食わない、では無く?」
「頼むからマジであんまりちょっかいかけないでくれるかなあ…」
「まあ、程々にしないと本気で君に目をつけられそうだ。五条君とはいい関係でいたいし、ね。それじゃあ私はこれで」
「はいはい、ドーモ」
終始楽しげに笑みを浮かべる冥冥の姿を見送りながら、五条もくるりと踵を返して歩いて行った。
「──所で、ずっと気になっていたけど。どうして五条君なのかな」
「……と、言いますと……?」
「確かに優良物件だけど、厄介なデメリットの方が大きいだろう?彼と恋人関係を続けているのがずっと気になっていてね」
「あ、はは……よく言われます」
「特に七海一級術師。君は彼と同期だし、仲も良好みたいじゃないか。彼とそういう関係になった方が色々と安泰だと私は考えるけれど」
「それもよく言われますけど、七海君とそういうのは、絶対無いと思うんです。七海君も、多分同じ答えかと」
「おや、言い切るね。それならますます謎だ、どうして五条君なんだい?多少強引だけど、君が本気で拒否すれば手を引いてくれそうなのに」
冥冥の言葉に、頬張っていたスイーツの容器をテーブルに置けば千寿は暫く逡巡した後にゆっくりと口を開いた。
「私も、色々と考えたん、ですけど。同情は違うし、責任も、罪悪感も……違いますし。思いつくぜんぶが、しっくり来なくて」
ぽつり、ぽつりと自分に言い聞かせるように語る千寿は、段々と頬を染めていく。
「か、帰る……場所に、お互い、なれたら…いい、なあ、って……最近は、そればっかり考えてるん、ですけど……あ、あの、恥ずかしいので、内緒にして下さい、ね」
「もしもし冥さん?いや、さっきのさあ。やっぱりもうちょっと出してもいいかなって。好きな額言ってよ。え?いや、ちょっと……ね」