水鳥に足輪を


 普段とは違うまともそうなスーツ、アイマスクではなくサングラスをかけた五条は椅子に腰掛けながらご機嫌にお茶の用意をする女性の背中を見つめた。
「突然お邪魔してすみません」
「あら、いいのよ気にしなくても!ふふ、こんなに素敵な方が千寿のお相手だなんて私も嬉しいわ」
「お義母さんに言われると照れますね」
 にこりと笑いかければ女性──千寿の母親は嬉しそうに頬を染めた。
「あの子とはどうかしら、上手くやれているのか心配で」
「それは勿論、仲良くやらせて貰ってます」
「それは良かった!あの子口数が少ないでしょう?こっちから連絡しないと全く便りが無いんですもの」
「それは……安心して下さい、僕が見ているので毎日元気ですよ。仕事はだいぶ忙しいみたいですが」
 愛想良く母親の話を聞きながら、ちらりと五条は室内を見渡す。
 この家の全体に、強度な結界が張られている。恐らく千寿が施したのであろうと確認しながらにこやかに会話に耳を傾けた。
「東京に行ってからもねえ、帰ってきたのは卒業後の一度きりで……しかも直ぐに戻って行ってしまって。お父さんも寂しがってるわ」
「本人にも伝えておきます」
 何も知らない母親は、世間一般の反応で婚約者と名乗る五条を快く迎え入れる。(以前顔を合わせた父親は矢張り不満そうだったが。)
 その反応に物珍しさを覚えながら、五条は飲み干したカップを置いて本題に入った。
「あの、もし良ければなんですが……千寿さんの部屋を見せて頂くことは出来ますか?あ、勿論本人にも許可は貰っているんですが」
 途端。ぴくりと反応した母親の態度が一変した。
「えっ……あの子の部屋を?」
 明らかな戸惑いの色に、不思議そうに首を傾げていた五条に取り繕うように母親は笑みを向ける。
「ほ、本人が構わないと言っているなら、問題無いですよ。千寿の部屋は上の突き当たりにありますからどうぞご自由に」
「ありがとうございます」
 かたん、と席を立てば早速と五条は千寿の部屋へと足を向ける。
「突き当たり……お、ここかな」
 二階の扉に手をかけゆっくりと開ける。
 彼女の実家の部屋にはきっと、五条の知らない頃の思い出があるのだろうと期待に胸をふくらませ室内に足を踏み入れる。
「……マジかよ」
 途端、五条は引き攣ったような笑みを浮かべた。

 何も無い。

 家具は置かれているものの、新品そのもののように生活感がまるで無い。
 たったひとつ置き去りにされているような段ボールの中には、卒業証書とアルバムだけが詰め込まれている。
 何もかもを捨てた部屋で、五条は立ち尽くすばかりだった。
「ごめんなさいね、驚かせてしまったかしら」
 部屋を後にして一階に降りれば、申し訳なさそうな母親が何かを抱えていた。
「あー……いえ……はい」
「あの子、東京に行く時に全部捨てるか持って行ってしまって。残っているのはこっちの写真だけなの」
「……ありがとうございます」
 受け取ったアルバムは大きめのものが一冊。ぱらりと開けば両親が撮影したであろう幼き頃の千寿の写真が丁寧に貼られていた。
 けれど、その写真も歳を重ねるごとに枚数が減っていく。
「写真が苦手になってしまったみたいで……大きくなるにつれてぜんぜん撮らせてくれなくなっちゃったの、親としては寂しいわ」
 その言葉にふと心当たりが過ぎる。
 呪霊は写真などに映り込みはしないが、写真撮影の場所には確かにそこに居る。
 恐らくその場にいる呪霊が嫌で、彼女は写真に映りたく無かったのだろう、と五条は予想を並べた。
「今度、写真が撮れたら送るよう言っておきます」
「五条さんは優しいわね、本当、千寿はいい人を捕まえたわ」
「あはは、恐縮です」
 そろそろ暇を、と告げれば五条は千寿の実家を後にする。
 くるりと今一度家屋を眺めれば、しっかりとした結界が矢張り施されている。
「この為だけに一度だけ戻ってきたってわけ?ほんと、腹立つなあ」

「あれ、悟さん?珍しい格好ですね」
「まあねー?どう?かっこいい?」
「見慣れない格好なので、落ち着かないです」
「かっこいいとか言ってくれないわけ?」
 高専に戻れば事務室で作業していた千寿は不思議そうに五条を見上げる。
 普段と変わらない態度に肩を竦めつつ、広げていた書類を片付けた。
「お、もう終わる?」
「はい、今日の分はもう提出したので」
「じゃあ折角だし一緒に帰ろ、僕ももう予定ないし」
「遠出だったんですよね、お疲れ様です」
「まあ大したこと無かったけどね」
 他愛ない会話を交わしつつ自宅へ辿り着けば、千寿は荷物を置いて台所へ入って行く。
「今日は時間に余裕もありますし、一品くらいならリクエストして貰っても……?悟さん?」
 ぐい、と千寿の腕を掴む五条を不思議そうに見上げれば、にこにこと五条は口を開く。
「千寿。ただいまは?」
「へ?」
「ほら、早く」
「え?あの、ただいま、です……?」
「ん。おかえり」
 訳が分からないと満足そうな五条を見つめる千寿に、更に指を自身に指して促す。
 従わなければ満足しなさそうな雰囲気に、小さく息をついて千寿は続けた。
「……おかえりなさい、悟さん」
「ただいま千寿」
「もう、満足したなら着替えて来てください」
「はーい」



- 19 -

*前次#


ページ:

もくじ