「ちょっとそこのあなた!」
実践授業からの帰り、高専の入口付近でつかつかと声を荒らげながら和装の品の良さそうな女性が三人に近付いて来る。
「あの、どちら様でしょうか…?」
「千寿って女はあなたの事かしら」
「へ?あ、はい、そうです」
そう答えた千寿を見据えると、女性は更に詰め寄るように告げる。
「あなた、悟様の何なの!?」
「……え?」
「私、あの方の婚約者ですの。なのに悟様は本家に寄り付かないどころか千寿、千寿と何処の家の者か分からない女のことばかり……悟様とどういうご関係?」
「ええ、と……私は普通に、五条先輩の後輩のつもり、ですが」
きょとんと不思議そうな千寿のその返答が気に入らなかったのか。女性は不服そうな顔をしながら右手を振り上げる。
バチン、と鈍い音が響いて千寿の頬が赤くなっていけば、思わず七海が前に出ようとするもじとりと女性は睨み付けた。
「貴方、いきなり現れて暴力まで…いい加減にして下さい」
「部外者は黙ってて下さる?悟様の足元にも及ばない癖に、あの方に馴れ馴れしいの。少しは立場を弁えて頂いても宜しくて?」
「……すみません。何か勘違いされてるみたいですが、私と先輩は特にそういったやましい事は無いですよ。ここは関係者以外立ち入り禁止ですし、どうかお引き取り下さい」
「な……っ何よその態度……!」
「お姉さん、ほんとにもう帰った方がいいですよ!五条先輩もまだ校内に居ますから!」
灰原の言葉を受けて、まだ何か言いたげだった女性はくるりと背を向けた。
「と、とにかく!あまり悟様の迷惑になるような事しないで頂戴!」
高専を後にする背中を見つめながら、ひとまず危機が去った様子に三人の肩の力が抜ける。
「なんかすごい人だったね、七海」
「ええ、本当に……真玉、大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫だよ。なんか、ドラマみたいでびっくりしちゃった」
へらりとそう笑う千寿の態度に、七海は困ったようにため息をついた。
「貴女は本当に……とりあえず先輩にも報告しておきましょう、あの人がまいた種でもありますし」
「あ、あの、その事なんだけど」
「お、ボロボロで帰ってくるかと思ってたのにピンピンしてるじゃん」
高専内の自販機の前で、飲料を選んでいた五条と夏油は戻って来た後輩三人の姿に軽く手を振った。
「おかえり、順調そうだね」
「……はい、まあ」
「何だよその態度の悪さ……って、千寿お前その顔何」
目敏く千寿の頬の怪我に気が付いた五条は、不服そうにじろじろと顔を近付けていく。
「ちょっと、油断しちゃって」
「ふーん?結界使いが何やってんだよ、だっせー」
「五条先輩の無限と違って、私のは物理には弱いですから」
「……真玉、やっぱり一度医務室に行ってきて下さい。ついでで申し訳ないですが報告書の予備も数枚お願いします」
「え、そんなに気にしなくて良いのに……七海君真面目だなあ」
「いいから、早く」
心配そうに声を掛けた七海の言葉に、渋々と千寿は医務室へと歩き出す。
姿が見えなくなった頃、七海は不満そうに五条を見つめた。
「……あ?何だよ」
「真玉には黙っていて欲しいとお願いされましたが、流石に度が過ぎるのでお伝えしておこうかと」
「何の話だよ」
「真玉のあの怪我の事です」
「その言い方だと、授業で怪我した訳じゃなさそうだね」
「真玉、さっき五条先輩の婚約者だってお姉さんにいきなり叩かれちゃって。当たりが悪かったのか頬が切れて血まで出ちゃったんですよ」
「……それは……悟の家絡みか……」
二人の言葉に夏油は同情の念を抱きながら、ふと首を傾げて問いかける。
「真玉はどうして黙ってて欲しいなんて言ったんだい?こういう事は当事者にきちんと言うべきだろうに」
「また責任取ってどうとか言い出しそうだから、って言ってましたよ!」
「いや、当たり前だろ、完全に家の事で俺が悪いんだから普通そうなるだろ」
「そういうのが嫌で隠すことにしたんでしょう。いいですか、貴方が彼女にどんな感情を持っていても勝手ですが、それで彼女を振り回すのは勘弁して下さい」
「は、七海オマエ何様だよ。関係ないだろ」
「あります。流石に同級生が御三家の事情に巻き込まれるのは見ていられませんから」
「五条先輩、俺からもお願いします!」
頭を下げる灰原と腹立たしそうな七海の言葉に、五条は小さく舌打ちをした。