呪に交わる


 二年の教室にて。家入硝子の机の上にはこれ見よがしに怪しい「交換ノート」と表紙に綴られたものが、一冊ぽつんと置かれている。
「悟、勝手に覗くのはどうかと思うよ」
「いやいや見てくれって言ってるようなモンだろ」
 咎めながらも本気で止める気のない夏油に、五条は楽しげに答えながらノートを開こうとするもびくともしない。
「……これ結界か」
「あーあ、やっぱり見ようとしてるよ。最低」
「おい硝子、なんだよこれ」
「何って……書いてあるじゃん、私と千寿の交換ノートだよ」
「ああ、真玉の……練習してるんだ?」
「そうそう、今度三人で任務らしいから」
 教室へ入って来た家入はひょいと五条の手からノートを奪って、当然のように中身を読んでいる。
 真玉千寿、と一つ下の後輩の名前を聞けば五条は段々と面白くなさそうに顔を歪めた。
「わざわざ千寿の結界で隠してるなんてめんどくせー事してんなよ」
「練習って言ってんの聞こえないの?」
「拗ねてるんだよ、最近任務続きで真玉と話してないから」
「うるせぇな傑!」
 ぶつぶつと文句を言えば、苛立った様子で五条はそのまま一年の教室へと乗り込んで行った。
「千寿!何だよあのノート!」
「うわ、びっくりした……何ですか五条先輩」
「硝子とやってる交換ノートとかワケ分かんねえやつだよ、読むから解け」
「え、嫌です……」
「はぁー?オマエいい度胸してんね」
「普通にプライバシーの侵害なので……」
 凄んでも声を荒らげても、困ったように笑うだけの千寿に五条は段々と不貞腐れていく。
「だいたいコレが何の役に立つんだよ、意味ねーって」
「そんなこと言われても……そろそろ授業ですし、一年の教室に居たら夜蛾先生に怒られますよ」
「ハッ、出てって欲しいならオマエが追い出してみな」
 煽るようにそう告げれば、怒られますよと肩を落としながらそれ以上千寿は何も言わない。
「だいたい何で交換ノートなんかしてんだよ、何か書くことあるか?直接話せばいいだろ」
「そりゃあ、色々とありますよ。硝子先輩とお話するの楽しいですし、面と向かって話しにくいことだってありますから」
「あっそうかよ、そりゃ良かったな」
 むす、と変わらず不貞腐れた様子の五条に千寿は不思議そうな顔を向ける。
「なら硝子だけじゃなくて俺らも混ぜろよ、話す事山ほどあんだろ」
「うーん……二人だけの女の子の秘密、なので」
「……俺には教えらんない事なのかよ」
「え?すみません、もう一回」
「──悟!お前また一年の教室に居たのか!」
 聞き返そうとすれば勢い良く扉を開ける夜蛾に引き摺られ、喚きながら五条は一年の教室を後にしていく。
 相変わらずの様子に苦笑しながら、千寿はそのまま授業の準備を始めた。

 数日後、千寿は同級生の七海と灰原と共に任務に赴いた。
 結界術を扱う千寿はあまり呪霊を祓うことに長けてはいないが、代わりに七海と灰原の補助をこなす。
「ご、ごめんね七海君……疲れてるし怪我もしてるのに、重いよね」
「大丈夫だよ真玉、七海結構力持ちだし!」
「真玉さんが居なかったらもう少し大怪我している所なので」
 呪力も殆ど使い切りふらふらの千寿を担ぎながら、七海と灰原は高専敷地内に戻り医務室を目指して歩く。
 ふと、爆発音のような派手な音と何かが吹き飛ぶ様子が少し奥の建物から見えた。
「七海!あれ何だろう?呪霊かな、呪詛師?」
「大方、何処かのどうしようもない先輩達が乱闘騒ぎでもしてるんでしょう」
 呆れたようにそう七海がため息を吐いた直後、ガラスの割れる音と共に屋根には五条の姿。
 こちらを見てなにか叫んだかと思えば、彼の術式が飛んでくる。
「真玉!?」
 響く灰原の声を最後に、千寿の世界は暗転した。

 目が覚めれば千寿は医務室に寝かされており、心配そうな家入がこちらを覗き込む。
「大丈夫?五条の術式モロに頭に当たったんだって?七海が慌てて医務室に運んできたらしいよ」
「あ……そう、なんですか?」
「だいぶ出血してるね。傷口は大したことないけど……」
 ふらふらとベッドから起き上がれば、隣には俯いた五条が静かに座り込んでいた。
「悪かった……当てるつもりは……いや、言い訳だな。ちゃんと責任取るから、心配すんなよ」
「え、そんな大袈裟ですよ、ちょっと怪我したくらいで」
「……ん」
 しおらしい五条の態度に困ったようにしていれば、無言で手鏡を渡される。何故かと疑問に思いながら受け取り覗き込めば、ぽかんと思考が停止した。
「……これは……?」
 怪我をしたであろう傷口付近の髪が、ひと房ほど白く変色していた。
「それがさっぱり。呪力がこもってるわけでもないし……多分怪我のショックで変化しちゃったんじゃないか、としか」
 家入の説明をぼんやりと聞いていれば、するりと五条に手を取られる。
「キズモノ?にした責任、ちゃんと取るから心配すんなよ」
「え、遠慮、します……」
 はっきりとそう断るものの、五条は話を全く聞かない。言い合いの果て、千寿は白く色が抜けた部分を勢いで断髪し二人揃って説教を受けてその日はそのまま解散した。
 ──以降、五条の態度は恋人のそれと思わせるような素振りが増えていく。
 千寿の断髪した髪も、数ヶ月後には再び白いまま伸びてくる。原因が分からないのならとあっさり変色を受け入れながら、様子の変わった五条を拒絶する日々が続いた。
「だーかーら、何度も言わせんなよ!千寿がそうなったのは俺が原因だから、責任取って当然だろ!?」
「避けられなかった私が悪いですし、事故じゃないですか!そんなに気にしないでください」
 平行線ばかりの言い合いにため息をつけば、千寿は一言言い放った。
「五条先輩、人付き合いに慣れてないからそんな事言うんですよ……?」
「……オマエ、本気で言ってんの」
「そうじゃないですか。私や硝子先輩とか、呪術師の女性しか知らないから、慣れてないから気が動転してそんな突拍子もない事考えちゃうんですよ、落ち着きましょう?」
 しん、と静まり返った空気に落ち着かなさそうにしていれば、ゆっくりと五条は千寿へ近付いていく。温度の無い笑顔が、千寿に向けられる。
「……は、確かに。そうかもしれないな。悪いな千寿、もう変な事言わねーからこれで怪我の話はチャラな」
「い、いえ、私こそすみません」
 細められた瞳の温度に気が付かないまま、千寿は理解してくれたとほっと胸を撫で下ろす。じゃあまた明日、と五条がひらひらと手を振って去って行くのを見送れば、明日からはまた今まで通りの先輩後輩で居られると満足そうに微笑んだ。



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