虎の尾を踏む


「夏油。これどう思う?」
「これ、って言われてもね」
 コツコツと家入が叩くのは、五条の携帯電話。開かれた画面には誰かとのメッセージのやり取りが綴られている。
「……悟の彼女かい?」
「ムカつくけどね、でも問題は五条に彼女がいるとかじゃなくてこっち」
 慣れた手つきで家入が履歴を遡って行けば、可愛らしい女性の自撮り写真が目に映る。
 じっと写真を見つめて、夏油は漸く家入の言いたい事に気が付いた。
「似てるね。そっくりじゃないけれど……目元とか特に」
「でしょ?あいつ何考えてんだか」
「なーに人の携帯勝手に見てんだよ、変態」
 教室に戻ってきた五条は不機嫌そうにそう告げて、置き去りにした携帯電話を拾い上げる。
「五条さあ、何その子」
「はあ?見てたんなら分かるだろ、俺の女」
「そうじゃない」
「硝子、その辺にした方が良いんじゃ無いか」
 睨み合う双方を宥めるように夏油が声をかければ、二人は同時に舌打ちをする。
「当て付け?子どもじゃん」
「……あいつが、言ったんだろ。他にも居るって」
 ぽつりとそう呟いた五条は、俯きながら言葉を続けた。
「だから色んな奴と付き合ってみたんだよ。あいつと全然違う性格とか、見た目とかさ。──で、結局全然ダメ。気分悪いだけだったわ、あんなん」
「ならもう作らなきゃいいじゃん、一回振られたからって妥協してわざわざ似てる子と付き合ってんの?本当クズ」
「それもダメだったよ、結局。今付き合ってるコイツだってさあ……千寿は同じ呪術師だから理解あるし、優しいし。似てる?全然似てねーよ。きっと千寿の方がもっと小さくて細くて……絶対声だって可愛い。柔らかいだろうし甘そうだよなあ」
 ため息をつきながらぽつぽつとそう告げる五条に家入は軽蔑の眼差しを送り、夏油は苦笑するだけで特に何も咎めなかった。
「でもまあ、硝子の言う通りだよな。こんなしょーもないことそろそろ終わりにするわ」
「なんだ、またダメ元で砕けに行くのか?慰めパーティなら準備しておくよ」
「ふざけんなよ傑。もう同じ失敗しないっつの」
「勝算でも?」
「今はゼロ。この前久々に話したけどほんとムカつく位何にも思ってねーの、千寿の奴」
 数日前、彼女と居るところに偶然鉢合わせた時の事を思い返せば、五条は深くため息をつく。

 その後高専で取り繕おうとすれば、一番聞きたくも無い言葉を相変わらず千寿は言い放った。
「この前の、五条先輩の彼女さんですか?すごく綺麗な人ですね。とてもお似合いでしたよ」
「……あ、そ。千寿にはそう見えたんだ?」
「え?はい……先輩達ももうすぐ卒業ですし、プライベートの時間は大事ですよね」
 そう言い残して、千寿は普段通りの態度でその場を後にした。

「……思い出すだけで腹立つなマジで」
「悟をそうやって怒らせるなんて、ある意味真玉は才能あるよね」
 他人事だと愉快そうに笑う夏油をじとりと睨み付けながら、ぶつぶつと五条は今後について独りごちる。
「千寿に直接何かしても望み薄だな……やっぱ外堀から埋めてくか。とりあえず一番は家の奴ら何とかして……千寿は家族と仲いいって言ってたな……」
「もしかしなくても、変なスイッチ押した?」
「いや?硝子じゃなくて真玉が前から押してたんだろ」
「──硝子、傑」
 ひそひそと話しながら危ない物を見る目で五条を見つめていれば、唐突に名前を呼ばれる。
「分かってると思うけど、邪魔すんなよ」
「当然。藪をつついて虎を起こしたくないからね」
「ごめんねー千寿……死にたくはないかな」
 サングラスの奥、透き通る青い筈の五条の目は何処か薄暗く据わっていた。



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