交換条件


「面倒だと思わない?」
 目まぐるしい忙しさもようやく終わりを迎えて、久々の休日にのんびり読書でもしようと思いながら起き上がった早朝。
 五条悟は遠慮なくドンドンと千寿の家のドアを叩いて尋ねてきたのだった。
 言いたい事を欠伸と共に押し込めて家の中へ促せば、勝手知ったるといった様子で何故か寛ぎはじめる始末。千寿も疲れのせいかそのままソファに座って自分は読書でもしよう、と本を捲り始めた途端に彼はそう言い放った。
「確かに朝から押し掛けてくる五条先輩は面倒だと思います」
「そうじゃなくて……僕達付き合ってるでしょ?こうやって同じ休みの日にのんびりしたくてもさぁ、わざわざ往復しないといけないんだよ」
 嫌味をひらりとかわされながら五条の訳の分からない言い分に、未だ少し眠い目を擦りながら耳を傾けた。
「一人の時間も大事だと思いますよ……?」
「散々一人の時間あったでしょ?これからは僕と一緒に居る時間に慣れてよね──だからさ、一緒に暮らさない?」
「え、嫌です……」
 全くもって意味が分からない、と困惑した表情で千寿は間髪入れずに五条の提案を断った。
 ほんの数秒。けれども長く思えるほど動きを止めていた五条は態とらしく額に手を当て、はぁあ、と深く溜め息を零した。
「千寿はさあ……どうしていつも最初に拒否するかなあ……」
「だって、いきなり朝から人の家に来て一緒に暮らさないかなんて言われても、困りますし……五条先輩の事だから変な事考えてるんじゃ」
「ほらそうやって!しかも折角恋人になったって言うのに千寿は五条先輩だとか、五条先生とか言っちゃって!僕寂しいんだけど!」
「えぇ……そんな事言われても」
 朝から子どものように駄々をこねるひとつ上の男に困惑しながら、千寿はもう読めそうにない本を机に置いて向き直る。
「だいたい先輩だってもう時効だよ、時効。それに千寿の先生になった覚えもないんだからさ……悟って呼んでよ」
「……そ、れは」
 下ろされた目隠しから覗くガラス玉のような双眼にう、と言葉を詰まらせる。いつの間にか話は同棲の話題から呼び方の話へとすり変わっていて、もしここで断ったらまた振り出しに戻るのではないかと思考を巡らせた千寿はぽつりと小さく呟いた。
「……仕事中は、五条さんで、勘弁して下さい」
「つまり今は名前で呼んでくれるってこと?」
「……悟、さん」
「ん、なーに千寿」
 満足そうな彼は千寿をぎゅっと抱き締めて、先程まで子どもの様に駄々を捏ねていた人物とはまるでかけ離れた笑顔である。

「同棲はまだ暫く無理そうだし、次は何して貰おうかな」



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