胡蝶の夢 弐


「……あ、れ?」
「起きた?おはよう」
 はっと気が付いた時には、見覚えのない天井に頭が混乱する。
「おーい、大丈夫?起きてる?」
「え、五条先生?なんで」
「なんでって、さっき廊下でぶつかってそのまま医務室に連れてきたんだけど?覚えてないの?」
「ええと……もしかして、頭……」
「ん?ああ、撫でてたね。あんまり辛そうだったから」
 夢だと思っていた事が、どうやら混濁した記憶だったと理解して恥ずかしさで顔が沸騰しそうなくらい熱くなった。
「……すみません」
「いーよいーよ、可愛い生徒の事だしね。さっきも硝子の所行こうとしてたんでしょ?付き添ったはいいけど、今居ないみたいなんだよね」
「そうなんですね、じゃあ、また明日にでも相談します」
「最近居眠り多いし、本当に大丈夫?」
「す、すみません、本当に……ちゃんと、寝てるつもりなんですけど……」
「んー、例えばの話だけど。無意識に何かストレスになってる事とかない?」
「ええと、特にないです……多分」
 五条先生の言葉に少し考えるけれど、特にこれといった原因は思いつかない。どちらかといえば、最近の夢と現実の区別が直ぐにつかなくなっている方が恐ろしかった。
「ま、何かあったら何時でも相談してよ。すぐ力になってあげるから」
「すみません、先生も、皆にも心配かけちゃって」
「いいって、気にしないでよ。皆は兎も角僕は君の事が好きで気にかけてるんだから、遠慮しないで。じゃあ僕、そろそろ行かないと怒られちゃうから。気を付けて帰るんだよ」
「……え」
 そう言葉を残して医務室を出ていった五条先生に、ぽかんとして段々と顔は熱を帯びていく。
 この日から、何故か先生の夢ばかり見てしまうようになってしまい、果ては自分の欲剥き出しの夢にまで変化してしまい困り果ててしまった。


「うーん……」
「おはよう、目が覚めたかな」
 まだぼんやりと寝ぼけ眼のままこちらを見つめる彼女の額にそっと口付ける。いつ見ても寝ぼけた顔が可愛らしい。
「ごじょー、せんせ……?」
「ちょっとー、二人の時は悟って呼んでくれるって言ったでしょ」
「んん……あれ?そう、でしたっけ……?」
「そうそう、忘れないでよね、僕傷ついちゃう」
「えと、すみません……?」
「いいよ、許してあげる」
 ちゅ、ともう一度頬に口付ければ、擽ったそうにする彼女に思わず顔が綻ぶ。
 ずっとずっと、この日を楽しみにしていたのだから。
 彼女が寝不足に悩んでいて好都合だった。
 本当はちゃっちゃと記憶でも弄ってしまおうかとも思ったけれど、矢張り彼女からも求めて貰いたい。そんな欲から生まれたあの計画が上手くいって嬉しくない筈がなかった。
 一日、また一日と彼女の夢の中と現実をぐちゃぐちゃに混ぜていく。そうして距離を詰めて優しくして「彼女から告白した」と思い込ませて、漸く付き合っている認識も植え付けられた。
「あんまり自覚してくれないもんだから、ちょっと冷や冷やしたよ」
「んー……?」
「ああごめんね、こっちの話」
 とんとん、と軽く背中を叩いてやれば彼女は再び微睡んでいく。
「次はどうしようかなあ……恵達のことも、呪術の事も忘れて貰おうかな」
 彼女の全部を自分だけの色に塗り替えて、早く二人だけの世界で生きて行くことが当たり前と認識してくれればいいのに。



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