美味しくなる魔法


「ん〜!おいひい……」 
 頬に手を当て、幸せそうに甘いものを食べる彼女を向かいの席でにこにこと眺める。
「気に入ったみたいで良かったよ」
「ほんとに美味しいよ、夏油くん!連れてきてくれてありがとう!」
「どういたしまして」
「でも良かったの?こういうの、五条君の方が好きそうだけど」
「流石に男二人でこんな所に来たくはないからね、私は言うほど甘いものが好きなわけじゃないし」
「そっかあ」
 納得した様子で再び目の前のスイーツを食べ進める彼女をじっと見つめる。
 ──ああ、そんなものより彼女の方が美味しそうで仕方がない。

 この世には「ケーキ」と「フォーク」なる人種が存在する。
 フォークは基本的に味覚が無く、ケーキの人間のみを甘く感じる事が出来る人間である。
 ケーキの人間を美味しそうだと、食べたいと感じる欲求は止められない。故にケーキはフォークを恐れ、フォークの人間は予備殺人者と言われる事も多い。
 自分が「フォーク」という部類であると自覚したのは、つい最近のこと。
 はじめは呪霊を取り込み過ぎて味覚がとうとうおかしくなってしまったのだと推測していたが、彼女を目の前にしてそれは違うと気が付いた。
 今までならむせ返るだろう甘さの匂いを放つ彼女に釘付けになる。食べたい、とどうしようもなくそう本能が告げている事に戸惑いを隠せなかった。
 呪霊の味も分からなくなったのはいい事かもしれないが、彼女を見る度に、彼女が近くに来る度に食べたい衝動が増していく。
 でもきっと、これは一過性に過ぎずにまた飢餓状態が続くのだろうというのは、フォークの人間について調べて知識を得ていた。
「……夏油君?どうしたの、ずっとこっち見て」
「え?ああ、すまない……美味しそうだと、思って」
 ぼんやりと眺めていれば、視線に気が付いた彼女は少し恥ずかしそうに声をかけてくる。
「あ、じゃあひと口だけ食べてみる?」
「え」
 はい、と差し出されたそれに思わずごくりと喉がなる。白くて柔らかそうな彼女の腕を掴んで、引き寄せて──。
「……あぁ、やっぱり、甘いな」
 ぽつりとそう答えれば、彼女はそうだよねとそのまま腕を自分の方へと戻して食事を続けた。
 彼女が使っていたものをそのまま口にしたからか、食べ物そのものは味がないけれど、ほんのりと甘さを感じる。
 このまま、彼女にずっと甘いものを食べさせ続けていたら。
 きっと、今よりもっと甘くて極上ものが出来上がるんじゃないか。そう思って、美味しそうな店を見つけては彼女を連れて食事をする。
「……また、良さそうなお店を見つけたら一緒に来てくれるかな」
「うん、私で良ければ!」
「ありがとう」
 ああ早く、その甘そうな肌を、髪を。余すことなく堪能してしまいたい。



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