三日夜の儀


「こんにちは」
 男の声に振り向けば、少女は目を見開いた。
 真上に広がる青空と同じような見てくれの男に惚けていれば、くすくすとその端正な顔をくしゃりと笑みで崩す。
「君、この辺りの子?」
「え、あ」
 相手の言葉に少女がはっとしてこくこくと頷けば、そっかと男は外に置かれた腰掛けに腰を下ろした。
「じゃあさ、ちょっと道案内頼みたいんだけど、いいかな?」
「え、は、はい」
 男の言葉にこくこくと頷いて、男が目指す場所を聞けば少女はゆっくりと歩きはじめた。
「僕最近この辺に来たばかりでさ、友達いないんだよねー。君がなってくれたら嬉しいんだけど」
 五条悟と名乗った男は、そんな風に自分のことを語って聞かせた。
「道案内ありがとね。お礼したい所なんだけど、ちょっと今は忙しくて。そうだな…今夜僕の家に遊びに来てよ」
「夜……?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと僕が送り迎えしてあげるから。珍しいもの色々見せてあげる」
 珍しいもの。その言葉に少女の好奇心が疼いていく。
「決まりだね。じゃあ今日、みんなが寝静まった頃に表に出ておいで」
 きらきらと期待に満ちた目で頷く少女を見て五条は満足気に笑みを浮かべ、目的地に着けばそれじゃあとそこで別れた。

 それから少女は時折、道案内を頼まれてはお礼にと、日が沈むと五条に連れられて彼の部屋であろう家屋へと足を運んだ。
 普段なかなか目にすることも口にすることもない水菓子、綺麗な遊び道具に眠気も吹き飛び、ひっそりと行灯の下で五条とそんな些細な時間を少女は過ごした。
 ──ある日、いつもの如く道案内のために町を歩いていれば、五条はいつもとは違うことを口にした。
「今夜はさ、ちょっと迎えに行ってあげられないんだけど……どうしても見せたいものがあるんだよね、もう道は覚えたかな、来てくれる?」
「え……ひとり、は」
「僕の家の者を一応周りに置いておくから、心配しなくていいよ。あ、でも顔がみんな怖いから、君と会わないようには言いつけてあるけどね」
「でも……」
「君が喜んでくれると思って、すごく探したんだ。早く見せたくて」
 一人で夜道を歩く。今まで隣を歩いていた五条が居ない不安に俯けば、とんとんと優しく背中に腕を回して叩いてくる。
「それに君が気に入ってた水菓子、また用意したんだけど……いや、かな」
「ううん、行く!」
 自分のために用意されたものに揺らげば、少女は意を決したように頷いた。
「じゃ、今夜も待ってるね」

 静かな夜の町を、小さな行灯を掲げて少女は足早に歩く。
 いつも隣で気持ちを和らげてくれた五条の姿はないものの、待っていると約束した彼の部屋へと小道を抜け、橋を渡り歩いて行く。
「いらっしゃい。えらいね、一人で来れて」
 とん、と小さく戸を叩けば、嬉しそうに顔を綻ばせた五条が戸を開けた。
「こ、こわかったけど、がんばったの」
「うんうん、君はお利口さんだね。そんな可愛い子にはご褒美をあげよう」
 小さな手を引いて部屋に入れば、五条は懐から小さな包みを取り出した。
「君に似合うと思って」
「わぁ……きれい……」
 包みの中には細やかな細工のついた簪が入っており、少女は嬉しそうにくるくると回しながら全体を眺めた。
「悟さんありがとう……!」
「いつも遊んでくれたり道案内してもらってるお礼だよ。明日はもっと凄いもの見せてあげるから、また来てくれないかな」
「明日も?」
 きょとんと首を傾げれば、五条は肯定するようににこりと笑顔を返した。
「うん、わかった!」
 二日目も、少女はひとり五条の元へと歩いて行く。
 昨夜と同じ様に出迎えた五条は、するりと少女の衣服を襦袢だけ残して別の物へと着替えさせる。
「どう?君に似合いそうな柄だったから仕立てて貰ったんだけど……うん、やっぱり可愛いね」
「かわいい!あ、でも、こんなの着て帰ったら、怒られちゃう……」
「そっか……じゃあ一応部屋に置いておくから、僕と遊ぶ時だけでも着てるといいよ」
 しゅんとする少女を優しく撫でながら、五条は丁寧に帯を締めてやる。
「あ、それと明日で最後だからさ、明日も頑張って来て欲しいな」
「……さいご?」
「別に君と遊ぶのが最後なわけじゃないよ?昼間は忙しいって言ってたでしょ、明日で少し落ち着きそうだから、こうして夜に来てもらうのはお終いってこと。だからそんな顔しないで」
 しゅんと悲しそうな顔に慌てて五条が説明すれば、ほっとしたように少女は息を吐いた。
「じゃあ明日も明後日も、悟さんと会える?」
「……もちろん。毎日遊んであげられるよ」
「えへへ、うれしい」
 にこにこと笑みを浮かべる少女につられて五条も微笑めば、するりと柔らかい頬を包むように撫でていく。
「じゃあ明日の夜も、待ってるからね」

 三日目の夜。少し夜道にも慣れればいつもより早く少女は五条の元へと辿り着いた。
「こんばんは、悟さん」
「こんばんは、待ってたよ。あ、昨日の着物、また着る?」
「着たい!」
 ぱあ、と嬉しそうに答えれば、五条は昨夜のように少女にと用意した着物を着付けていく。
「今日はね、君に食べてもらいたいものがあるんだよね」
 そう告げて差し出した器の上には、つるりとした白いものが乗せられていた。
「なあに、これ?」
「お餅だよ。食べたことないかな」
 ふるふると首を振る少女に、五条はそっと餅を差し出す。
「じゃあはい、あーん」
「あー……」
「どうかな」
「む…おいひい…!」
 目を開いて嬉しそうに答える少女に、五条はにこにことただ笑みを浮かべて見つめている。
「……っ、う、あ…?」
 もぐもぐと美味しそうに咀嚼していた少女は、暫くして胸元を押さえて蹲る。
「あー、やっぱりまだ幼いからかな。気に当てられちゃったかな?よしよし、大丈夫だからね」
 とんとんと少女を支えながら、五条は笑顔を崩すことなくうっとりと蕩けた目をして見下ろした。
「ふふ、やっと手に入った……これで君は僕のお嫁さん。明日からはずーっとこの部屋で、二人で一緒に仲良くしようね?」
 苦しさから意識を手放した少女の額にちゅ、と軽く口付けを落としながら、五条は少女の為に準備していた部屋へと暗がりの中を歩いていった。



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