お帰りください


「こっくりさん、こっくりさん」
 大空の下、しんとした境内でひとり紙を広げて小さく呟いた。
 ズキズキと頬や腹が痛むのを無視して、あの冷たい教室の空気を思い返す。
 次々に倒れる学友、戸惑う教室内。私をいじめていたあいつらの苦痛に歪む顔は見ていて気持ちが良かったけれど、皆私が「何かした」とでも言いたげに刺さる視線が居心地悪かった。
 神様なんてものはいない、正義のヒーローもどこにも居ない。結局は、自分で何とかする他に人は現状を打開する術は無いのだ。
 そんな力、自分に無いことも痛感している。だから、せめてと私は想いのままに彼らを呪うしか出来ない。
「こっくりさん、こっくりさん……わるいのは、私ですか」
 そうして静かに自分の世界に浸ろうとしていれば、とん、と硬貨に青白い指が乗る。
「こんにちは」
「……あ、えと」
 ちらりと視線を上に上げていけば、にこにこと貼り付けたような笑みを浮かべた袈裟姿の男性が目の前に居た。
「面白そうな事してるね?私も混ぜてほしいな」
「……だれ、ですか」
「誰だろうね」
 質問に質問で返される。怪訝な顔をして見つめていれば、すす、と指は「いいえ」へと滑らされる。
「大丈夫、私は君の味方だよ」
「な、にを」
「君は正しいよ。あんな連中、罰せられて当然の事をしたんだから」
「……でも、苦しそうで」
「君が受けた痛みの方がよっぽど辛いじゃないか、何か問題でも?」
 辺りがひんやりと冷えていく。いつの間にか空は薄暗くなっていて、ざわざわと鳥肌が立って行った。
「私と一緒に来ないかい。きっといいものが見られると思うんだけど」
 あちこちで小さく笑う声が聞こえてくる。目の前には見れたものでは無いような「何か」が蠢いている。
「ひ……っ」
 思わず硬貨に押し付けていた指を離して距離を取ろうとする。けれど、目の前の彼はしっかりと私の腕を掴んできて。
「無意識でもこんな風に呪霊を操れるんだ、君とはもっと仲良くなりたいな」
 嗚呼、帰れないのは私の方。



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