天使のような彼女


 がちゃん、と玄関の開く音を聞けば待ちきれずにリビングから飛び出した。
「傑さん、おかえりなさい!」
「ただいま、わざわざ出迎えてくれたのかい?嬉しいな」
 ぎゅ、と抱きしめ合えば大きな手が頭を撫でてくる。にこにこと傑さんの顔を見上げながら、予想より早い帰宅に問いかけてみる。
「今日は昨日より三時間も早かったね」
「悟が機嫌が良くてね、順調に終わったんだよ」
 一緒にリビングに戻れば、準備していた料理を食卓の上へ並べていった。
「今日はちょっと新しい料理に挑戦したから、あんまり美味しくないかも……」
「そうなのかい?君の作るものはどれも美味しいよ、ありがとう」
「そんな、傑さんが私の事助けてくれたのに比べたら、ぜんぜん」
 数ヶ月前、私は彼に助けられた。
 なんでも「呪霊」というものが私を襲っていて、駆けつけた傑さんや同業の人が退治してくれたらしい。
 らしい、というのは私にはその記憶が曖昧だったからだ。その呪霊とやらに襲われたせいなのか、私には自分の記憶が全く無い。確かに痛い思いをしたような気もするが、気がつけばベッドの上で、一部始終を彼に説明されただけなのだから。
 覚えているのは名前と、それから少しの常識くらい。
 そんな私を傑さんは保護してくれて、色々とお世話になっている。今はこうして彼の住まう場所で居候として家事のほとんどを任せてもらっていた。
「じゃあいただきます」
「ど、どうかな」
「うん、美味しいよ」
 彼の言葉にほっとして自分も食べ始めれば、じっとこちらを見つめている傑さんと目が合った。
「どうしたの?」
「ふふ、可愛いと思って」
「……そ、そう、かな」
「そうだよ。君は私の可愛い天使だ」
「ま、またそうやって恥ずかしいこと言う」
 時折傑さんが歯に衣着せぬ言葉を投げかけて来ることがある。それに全く慣れずに真っ赤になっていれば、彼は更に嬉しそうに笑うのだ。
 でも、天使だとかなんだとか、流石に恥ずかしいので止めて欲しい。


 数ヶ月前、変なものを見た。
 真っ白な服を着て、同じくらい真っ白な羽根を背負ってふよふよと浮いている少女。
 呪霊か何かかと思って警戒していたものの、どうやらそうではないらしい。
 本当に「天使」であろうその少女は、何故か自分についてまわった。
 曰く、私は彼女の「管轄」との事。天使を視認できる人間は滅多に居ないと言う彼女は、どこか嬉しそうに時折私と言葉を交わした。
 可愛い、と。好きだと、思った。
 ──欲しい、とも。
 穢れのない天使を穢したら罰が当たりそうな事くらい分かっていた。けれどそれ以上に、綺麗な彼女が欲しいと思った。
「やめて、お願い、それは駄目」
 ある日、とうとう我慢出来なくなって、彼女を押さえ付けてその綺麗な羽根を引きちぎってみた。
 いつかふらりと居なくなってしまいそうだったから、いっそその羽根をなくしてしまえばと思って彼女の背から無理矢理その美しい羽根を取り上げた。
 羽根を千切られたショックなのか、彼女は一切の記憶をなくした。
 こんなに都合のいいことは無いと、呪霊に襲われた事にして彼女を自室へ囲って一生世話をしようと計画している。
「君は本当に、可愛い私だけの天使だよ。これからもずっと」
 すやすやと自分の隣で眠る彼女の背に残る大きな傷痕にそっと触れて、愛おしいそれに口付けを落とした。



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