虹の橋の向こう


 からからと音を立てるそれが、彼女の部屋の奥から聞こえてくる。
「これは、どういうことかな」
「えー、と……可愛いはむちゃんでしょ……?」
 机の上、小さなカゴの中で必死に走っている生き物を見ながらそう問いかけると、彼女は困ったように視線を逸らした。
「別に咎めようとは思っていないよ、ただ呪術師として軽率にこういう生き物を世話するのは、どうかと思ってね」
「わ、分かってるよ、ちゃんと分かってる!」
「なら何故?」
「その、帰る理由が、欲しくて」
「……私では足りない?」
 寂しそうにそう呟けば、優しい彼女は慌てて首を振る。
「そんなことないよ!もちろん夏油くんの所に帰るのも大事だけど」
「……拗ねてるわけじゃないんだ。考えたくない事だけど、こいつを置いて行く事になんてなったら、可哀想だろう」
「分かってる、だから絶対帰らなきゃって、思えるかなって……」
 俯く彼女の気持ちも分からなくはない。常に死と隣り合わせで、遺体が残るかさえも分からないこんな世界では何かに縋りたくなるものだ。
「……ね、こいつの世話、私も手伝っていいかな」
「う、うん!もちろん!」

「私が遠征の時は、面倒見てくれるって言ったのに」
 嘘つき、と小さく呟きながら、冷たくなった小さな命をそっと手のひらで撫でていく。
 寮の裏手の木の影に、そっとその体と好物をいくつか土へ埋めていく。
 やる事を終えて高専を闊歩する同級生を見つければ、声をかけて一言告げる。
「──五条くん。お願いがあるんだ」


「五条先生?」
「あれ、恵じゃない。どうしたの」
「先生こそ……花に水やりなんて、明日は雨でも降りそうですね」
 鼻歌を歌いながらじょうろを傾けている五条を不思議そうに見つめれば、伏黒は花壇へ目を移した。
「酷いなあ、僕だって地球に優しくしたいときもあるんだよ」
「ばればれの嘘、止めて下さい。どういう風の吹き回しですか?」
「んー……まあ、ね。誰かさんの墓標代わりってやつかな」
 水を受けた向日葵が一輪、ゆらゆらと風に揺らされた。

 ひとりは寂しいから、ずっと二人で待っていよう。



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