教祖様のたからもの


「どうでしょう、世界に二つとない秘薬です」
 仰々しく献上された小瓶を夏油はじっと眺める。中は無色透明の液体がゆらりと揺れていて、見た目ではそれがどういう物かは分からないだろう。
 椅子に腰掛けながら、手持ち無沙汰にそれを眺めていると待ち人がようやく顔を見せた。
「お呼びでしょうか、夏油様」
「悪いね、急に呼び出して」
「いえ、大丈夫ですよ」
「……やっぱり慣れないなあ、君のその態度」
 困ったようにそう肩を竦めれば、彼女もまた困ったように小さく笑った。
「周りに形を示すのは大事、って傑君が言ったんだよ」
「それでも寂しいものは寂しいさ、昔の方がよっぽど距離が近かったから」
 そう答えれば、彼女の肩が少し揺れる。
 この手を選んでくれたものの、きっと彼女は今でも未だ後ろめたさがついて回っている事は随分前から分かっていた。
 それでも、それを見ないふりして彼女をずっと縛るのは手放したくないと思っているからこそで。
「……ねぇ、今からでも君だけ戻してあげるって言ったら、どうする」
「そんな、こと……!」
 勢い良く椅子から立ち上がる彼女は鋭い視線を此方に向ける。その目が何を今更、と言いたげにしている事も無視した。
「冗談だよ、私が君と離れたいわけ無いじゃないか。君も、そうだろ?」
「……そうじゃなかったら、ここに居ないよ」
「うん、ありがとう。それで、本題なんだけど」
 そっと立ち上がって彼女に近付いて行く。自分が呼び出した用事に検討がつかない彼女は、不思議そうに此方を見つめていて。
「私の為に、何もかも捨てて欲しいんだ」
「もう全部捨ててきたのに、これ以上何を……」
「まだあるだろう?ここに、全部」
 そっと彼女の腕を取る。確かめるようにゆっくりと撫でてから、次にその小さな顎を固定する。
「……な、にを」
「私は不安なんだよ、目が覚めて、君が居なくなっていたら。君が何処かで命を落としていたら、って」
 ぱきん、と小瓶の先を折って栓を開ける。異変を感じた彼女は段々と顔を青くした。
「やめて、待って、傑君」
「君は人だから、勝手にどこかへ行ってしまう。本当はずっと肌身離さず置いておきたい。私に付いてきてくれたんだ、君だって私と一緒に居たいだろう?だから、頼むよ、私の為に何もかも捨ててくれ」
「いや、違……すぐる、く」
 小瓶の中身を一気に煽って、そのまま彼女に深く口付けた。

「夏油様、これどうしたの?」
「可愛い人形〜!」
「これかい?これはね、私の大事なものなんだ」
「えー、夏油様がこんな可愛い人形持ってたの?意外〜!」
「かわいくて、いいと思います」
「ありがとう、二人とも」
 美々子と菜々子にそう答えながら、机に置かれた人形をひょいと大事に抱え上げる。
 愛らしい少女の姿をしたその人形に、愛おしそうにそっと口付けを落としていく。
「これでずっと一緒にだね」

 人形は何も喋らない。



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