遺したものを守りたい


 自分よりも小さくて、柔らかくて、ちょっとでも雑に扱えばあっという間に死んでしまいそうないきもの。
 パンダがはじめて赤子を見た時の感想は、そんなものだった。
 学長の元教え子という夫婦が見せてきたその赤子。はじめはこちらが下手に手を出せなくて、べちゃべちゃにされたり意思疎通の取れない年齢のせいで嫌いになりそうな事もあった。
 けれど月日が流れ、赤子は成長し、今では愛らしい少女になってパンダと仲良く高専で呪術を学んでいる。
 パンダは少女を何だかんだとても可愛がった。一緒に育ってきたようなものである少女が見せる一挙手一投足に、呪骸とは思えぬ程一喜一憂する日々を送っていた。
 親心にも似た感情。パンダは少女が幸せで居てくれればいいと思う反面、ずっと一緒に居たいといつからか思うようになる。
 ──けれど彼女は人間、自分は呪骸(パンダ)。この溝はとても埋められるものでは無い。
 とはいえ、ではどうするのが最善か。
「で、僕の所に来たってわけ?」
「流石に同じ年頃の真希達には聞けないし、一応悟は俺たちの担任だろ」
「なんか失礼な発言が聞こえるような……まあいいや。しっかしパンダもそういうこと考えるんだねえ、ウケる」
「茶化すなら戻っていいか」
「えぇ〜!感動してるんだよ、パンダが僕のこと頼ってきてくれたから先生としては嬉しいってわけ!」
 きゃっきゃとはしゃぐ五条に呆れながら、パンダは相談相手を間違えたと後悔した。
「とはいえ流石の僕でも呪骸の君と人間を同じに……なんて事は無理だしなあ。あ、それなら死後呪ってあげたら?教師としてはオススメしかねるけど、ちゃんと同意の上なら目をつぶっといてあげよっか?」
「そういうのは求めてないんだよなあ、人間だからあの子の良さがあるんだよ。というか、よく俺にそういう事言えるよな……」
 ちらりと脳裏にクラスメイトの顔が浮かびながら、これ以上は埒が明かないかもしれないと諦めかけていれば、意外な提案を五条は出してきた。
「ま、冗談はさておき。そうだねえ……よくあるのは代々守護霊が〜なんて話だけど、パンダだったら可能性としてはあるんじゃない?よっぽどの事がない限りだろうけど」
 ぴくりと、パンダの小さな黒い耳が揺れる。
 どうしたって彼女とパンダとでは生きていく時間が違う。彼女が老いて命尽きるのを、見送るしか未来が無い。
「……ちょっと考えてみるわ、悪いな悟」
「どーいたしまして」
 のそのそとその場を後にすれば、パンダの思考は彼女の居ない世界をぼんやりと思い浮かべた。

「なあ、お前好きな男、居ないのか」
「へ?ま、またその話……?」
 最近、パンダ君の様子がおかしい。事ある毎に好きな人は居ないのか、気になる人は居ないのか、としきりに尋ねて来るようになった。
「居ないって言ったのに、納得してないの?」
「そうじゃないんだけど……じゃあ彼氏が欲しいとか、そういうのはないのか?」
「えぇ……?今はそんなに……」
「そうか……」
 明らかにしゅん、と落ち込んだ様子のパンダ君にどうしたものかと悩んでいれば、彼は再び私によく分からないことを言ってきた。
「棘は良い奴だろ」
「う、うん?そうだね、優しいよね」
「棘と付き合うとか考えられないのか?」
「なんでそうなったの?」
「憂太もきっと大事にしてくれると思うぞ、それに菅原道真の子孫らしいし、悟の遠縁らしいから将来も安泰だ」
「いや、あの、ちょっと待ってパンダ君」
「駄目か?じゃあ一年……お前、年下の方がタイプなのか?」
「待ってってばパンダ君!」
 思わず声を荒げれば、パンダ君はきょとんと首を傾げる。
「この前から変だよ?なんで急に私にそんな、彼氏とか変な事言い出すの」
「……お前、人間だろ。どうしたってお前を看取る羽目になるし、呪術師なんかやってればもっと早くお前と別れることになるかもしれない」
「……そうだけど、それが何と関係が」
「俺はお前のこと、こーんなちっこい頃から見てきて、割と大事にしたいと思ってるんだよ。幸せになって欲しいし、ずっとそれを見守ってたい。でもそれは無理だろ?」
 静かにそう話すパンダ君の言葉に、そんなことを考えていたのかと少し寂しくなってくる。
「で、考えた訳だ。お前が居なくなった後も、お前が遺したものを見守っていけばいいんじゃないかってな」
「……それで彼氏?」
「お前が誰かと結婚してくれなきゃ子ども出来ないだろ?」
「うーん、色々ぶっ飛んでるような……」
 彼の最近のおかしな会話の理由がわかったところで、小さくため息を零す。
「あのさ、言いたいことは分かったよ。でもパンダ君は私が他の人と幸せになったらいいって思ってたの?……パンダ君と、って選択は、無い?」
「……ん?」
「私だってパンダ君とはずっと一緒にいたいなって思ってたけど、その、私が傀儡呪術を勉強して、パンダ君みたいな呪骸を遺すっていうのはなしなの?」
 ふい、と顔を逸らしながら、今まで口にした事のなかった密かな夢を打ち明ける。
 真っ赤になる私を見ているつぶらな瞳の彼は、信じられないというような様子で口を開けていた。



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