呪骸事件2


「あぁいた。真玉、これ、この前の報告書」
「早かったですね。ありがとうございます、夏油先輩」
 廊下で声を掛けられれば、千寿は夏油に差し出された書類を受け取る。
 普段なら用を済ませば直ぐに去っていく夏油は、今日は珍しくじっと千寿を見つめていた。
「……どうかしましたか?」
「いや、悟と何かあったかなと思ってね」
「五条さんと?いえ、特には……」
「そうかい?この前、雪に大量にお礼だとか言って業務用のアイスを寄越していたから」
「雪花先輩にですか?それ、私は関係ないんじゃ……?」
 あの二人の話になぜ自分が、と不思議そうにしながらそう返せば、夏油はやれやれと言った様子で肩を竦めた。
「相変わらずだね、真玉と悟は。その後入り切らないからって冷蔵庫まで寄越そうとしてたから、流石に止めたけど」
「五条さんは本当に金銭感覚がおかしいですね……でも、やっぱり私は特に何かした覚えは……むしろ雪花先輩に少し申し訳ない事なら」
「ああ、聞いたよ。可愛いのにって残念そうにしていたけど、悟の呪骸が可愛いとは私は思えないなあ」
「……雪花先輩の趣味が偶に分からなくなりますが、それを言ったら夏油先輩の呪骸も酷いと思います」
 呆れたように千寿が一言そう告げれば、にこりと貼り付けたような笑みを夏油は浮かべる。
「悟と違ってきちんと同意の上だよ」
「雪花先輩は、あの中身、知ってるんですか」
「……自分の事には疎い癖に、見えなくていいものばかり見つけるね、真玉は」
 穏やかな表情でそう告げる夏油の瞳の奥は、それとは正反対に告げ口しようものなら報復するとでも言いたげな雰囲気を放っている。
「あんまり、雪花先輩に変な事ばっかりしないで下さいね」
 小さくため息をつきながら、わざわざ申告するつもりは無いものの尊敬する先輩のため、と千寿は効くか分からない一言を刺しておく。
「君達と違って私と雪はちゃんと想い合っているから、余計なお世話だよ」
「……手段が悪趣味ですよ」
「あれ、二人が一緒に居るの珍しいね。なんの話ししてるの?」
 静かに言い合いをしていれば、ひょこりと雪花が笑みを浮かべながら近付いて来る。
「報告書を渡してたから、その件で少しね。雪は?これから任務かな」
「そうなの、大したことはないと思うんだけど……」
「気を付けてね、待ってるから」
 先程の雰囲気は何処へやら、愛おしそうに話す二人の仲睦まじい様子をぼんやりと千寿は眺める。
 恋人である夏油と雪花の幸せそうな表情に、ふと千寿は既視感を覚える。
「……あ」
既視感の正体に気が付いた時、途端にぶわりと体温が上がった。
「……千寿ちゃん?顔真っ赤だよ、大丈夫?」
「あ、だ、大丈夫です、気にしないで下さい」
「そう……?」
「その、わ、私そろそろ失礼しますね、雪花先輩も頑張って下さい」
 そそくさとその場を逃げるように離れる千寿をじっと見つめれば、夏油は面白そうに笑った。
「なんだ、昔と変わらないと思ってたけどそうでも無いのかな」
「傑君、楽しそうだね?」
「うん?ちょっとね」
 今見たものは黙っておこう、と夏油は思いながら雪花を見送ろうと手を引いた。




- 3 -

*前次#


ページ: