抽冬ちゃんとお料理


「料理、ですか?」
 こくこくと真剣に頷く先輩、雪花を見つめれば千寿は少し逡巡する。
「……硝子先輩とかは」
「硝子ちゃんが、千寿ちゃん料理得意って言ってたから……お願いしたくて」
 いつの間にそんな話を、と思いつつも期待に満ちた雪花の目をちらりと見つめる。
 夏油に料理を作ってあげたい、と相談されたものの、千寿自身も人に教えられる程上手いかといえば自己評価があまり高くなく、直ぐに返事が出来なかった。
「傑くんに、喜んで貰えたらいいなあって……難しい、かな」
「私で良ければ、お手伝いしますよ」
 恥じらいながらそう告げる雪花に、こんなに優しい先輩があんな性格破綻者と恋人なんて、と思いながらも天秤は応援したい気持ちへと傾いた。

 共有スペースのキッチンへ集合すれば、何を作ろうかと二人で話し合う。
「夏油先輩……なら和食の方が好きですかね?とりあえず焼くだけ位から始めますか?」
「よ、よろしくお願いします!」
 やる気に満ちた表情で頷く雪花に笑いながら、それじゃあと千寿は雪花に指示を出す。
「まずはご飯炊きますね。雪花先輩、洗ってもらってもいいですか」
「……洗う……?」
 その間に準備を、と少し目を離した瞬間に、事態は思わぬ方向へと向かって行った。
「炊いてる間にとりあえず卵を……雪花先輩!?」
「えっ」
 驚いて声を上げれば、同じように驚いてこちらを見つめる雪花と目が合う。
「あの、どうして洗剤を……?」
「あ、洗うから……?」
「洗剤は使いませんよ……?」
「そうなの!?」
 雪花のその答えに、家入が何故千寿を料理上手と紹介したのか合点がいった。
「ええと、お米は水だけで軽く洗ってですね」
「お水だけでいいの!?」
「……ここにある物は料理に一切使いませんから、忘れて下さいね」
 そう言いながら、慌ててシンクに置かれた洗剤類は全て目の届かない所へ移動する。
 雪花の料理に対する知識が露呈した所で、千寿は予定していた献立を中止しうんうんと悩みながら考え直すことにした。
「……とりあえず、おにぎりと目玉焼きから始めましょう」

「ど、どうかな?ちゃんと出来てるかな」
「大丈夫だと思います」
 数時間後。何とか完成させたものを見ながら千寿はほっとひと息ついた。
 固め過ぎて米粒がすり潰されたもの、優しく握りすぎて崩れそうなおにぎり。上手く割れずにスクランブルエッグと化した卵、黄身の割れた目玉焼き。
 不格好極まりないものの、食べられるまでにはこぎつけたそれらを見て千寿は珍しく夏油と、夏油の胃を心配する。
「あとは何度も練習して行けばきっと見た目も良くなりますから」
「うん、頑張るね、ありがとう千寿ちゃん」
「いえ、これくらいお安い御用です」
 にこにこと笑みを返して居れば、キッチンにずかずかと入り込む影がひとつ。
「何やってんのオマエら」
「あ、五条くんおかえり」
「お疲れ様です、五条先輩」
「うわ、何このぐちゃぐちゃなヤツ」
「今、雪花先輩に頼まれて料理の練習を……」
 そう説明しようとすれば、五条は納得したような驚いたような顔を向ける。
「マジ?雪花が?ここまで?……ふーん……」
「あっ、ちょっと、先輩!」
 じっと料理完成したものを見つめていたかと思えば、ひょいと五条はそれをひとつ手に取ってそのままぱくりと食べていく。
「ん、何だ塩だけかよ……梅とか鮭とか入れようぜ。いや、雪花には無理か」
「これから練習して上達しますから、というか、それ夏油先輩の為に作ってたんですよ、勝手につまみ食いしないで下さい」
「あ、いいの千寿ちゃん、練習だからもっと上手に出来たの渡したいし……」
「……傑はそう思わねぇと思うけど」
「え?」
「べっつにー?練習なら良いだろ、腹減ってんだよ」
 そう言いながらひょいひょいと平らげていく五条を呆れた顔で見つめながら、満足すればそのまま五条はさっさと部屋へと戻って行った。
「相変わらずですね、五条先輩は」
「で、でも不味いって言われなかったから良かったかな」
 そうほっとしている雪花に微笑みながら、ちらりと千寿は残った皿の上を見つめる。
 五条が手をつけなかったものは、明らかに崩れているものばかりである。料理の腕前を事前に知っていた五条なら、雪花の作ったものを避けて食べたのだろうと予想し千寿は困ったようにため息を吐いた。




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