Nostalgia


ホワイトデー


「千寿〜!はい、これバレンタインのお返しね」
 語尾から何か記号が見えてきそうなほど上機嫌に右手を差し出して来た五条に、千寿はたじろいだ。
「い、いえ、あれは十四日ではないですし」
「十五日だろうが十六日だろうが僕がバレンタインのチョコを貰ったと思ったらそうなの。という訳ではい、受け取るよね」
 無理矢理な自論を展開しながら、拒否は認めないと言いたげに更に五条の手は千寿の眼前に近付いた。
 ちらりと手の中に収まるものを見れば、何処か見覚えのあるような、少し丸みのある箱。
 明らかに指輪を入れてあるだろうその小さな箱に、思わず目眩がした。
 そっと掌で押し返しながら、ぼそぼそと千寿は言葉を連ねる。
「ええと、その、こういうのはあんまり、良くないかと」
「お、いつもは嫌ですってすぐ答えるのに珍しいね?ちょっとは嬉しいと思ってくれた?」
「そういう事ではなくて、私が作ったものとの差が大きすぎると思うんですが……」
「えー気にしないでよ。どうせいつかは僕が渡すものなんだからさー、早いか遅いかの違いでしょ?」
「ま、まだそういうのは違うと思います」
「その言い方には色々突っ込みたい所だけど、まあいいや、千寿が品物受け取ってくれないのはいつもの事だし」
 やれやれと五条は肩を落とせば、ポケットへ箱をしまい込む。
「じゃあ仕事終わったら僕の部屋来てよ」
「え、何ですかいきなり」
「これとは別にお返し用意するから、ちゃんと来てね」
「……それなら、まあ…」
 指輪でなければいいかと思えば、渋々と千寿は了承する。

 言われた通りに仕事を終えて五条の自宅へ足を運べば、有無を言わさず台所へと引っ張られていく。
「じゃあ千寿ここ座って、はい見ててね」
「あ、あの、これは」
 すとんと台所の奥に置かれた椅子に座らされては、何がなにやら分からずに首を傾げる。
「何って、これから僕がチョコ作るから。千寿そこで見ててよ」
「え、いや、何でですか……?」
「だって千寿、僕の手作りだよって完成したもの渡しても断りそうだからさー、ならいっそ過程を見てもらったら食べてもらえるかなって」
 わけが分からないと困惑する千寿に、さらりと五条はそう答える。
「そ、そんなことは」
「ない?本当に?絶対に?『悟さんの作ったものとか呪力とか変なもの入ってそうでちょっと…』とか言わないって誓える?」
「……う」
 図星を突かれては何も言えなくなり、申し訳なさそうな顔をする千寿にくすくすと笑う。
「ほーら、そうなるでしょ。だから僕が変な物入れたりしないか、千寿が見張っててよ」
「……わかり、ました」
 頷く千寿に満足そうに笑う五条は、いそいそとチョコレートを作り始めた。

「なあ、伏黒」
「何だよ」
「これ、五条先生の忘れ物、だよな?」
「そうなんじゃないのか」
「……真玉さんに渡すモンだよな?多分」
「知らねえよ」
 教室の机に無造作に置かれているリングケースを見つめながら、虎杖は伏黒に話しかける。
「何してんのアンタ達」
「あ、釘崎!見てくれよこれ」
「何これ、リングケースじゃないの」
「釘崎が知らないってことはやっぱ五条先生のだよな?忘れてったみたいなんだけど」
「はあ?忘れ物?相変わらずねホント……よし。折角だからどんなセンスか私が見てやろうじゃないの」
 ひょいとリングケースを手に取り、楽しげに釘崎は蓋を開いていく。
 すると、中身を見て釘崎は眉間に皺を寄せた。
「何これ、空っぽじゃないの!」



- 5 -

*前次#


ページ: