Nostalgia


re:はじめまして


 もともと友人に流されるまま作ったアカウントに、とくにこれといった事を書くわけでもなかった千寿は読書感想文のように読み終えた本の感想をつらつらと綴るようになった。
 大学の友人くらいしか繋がっていなかったそのアカウントに、「くろねこ」と名乗るアカウントから反応が来るようになったのは最近の出来事である。
 本の話で意気投合した二人は、それからずっとやり取りを続けた。「くろねこ」の話はどれも千寿に響く事ばかりで、次第に本の話だけではなく自分のこともお互い話すようになった頃。
 「くろねこ」から、会って話がしたいと打診された。
 ネット上での関係は怖いと千寿は迷ったものの、「くろねこ」はどうしても会いたいのか千寿が安心出来るようにと色々と条件を足してくる。その熱に気圧されて、千寿は一度だけならとその誘いを受け入れそわそわと駅前のオブジェの前で見知らぬ相手を緊張した面持ちで待っていた。

 ぴこん、と千寿の携帯が鳴れば、くろねこからの新着メッセージが届いた。
『今着きました。何処にいるかな』
「ええと、出てすぐ…の、服装は…」
 返事をして数分待ち続けていれば、ふと後ろから声をかけられる。
「こんにちは。『ちとせ』ちゃん……だよね」
 慌てて振り向けば、千寿は少し警戒した面持ちで相手を見つめた。
 目の前に立つ背の高い男は、様子を伺うように千寿を見つめる。白髪に真っ黒なサングラスをかけ、更にマスクをつけた男に戸惑っていると、気がついたように男は慌てて手を振った。
「あれ?違ったかな?えーと、僕『くろねこ』なんだけど」
「え、く、くろねこ…さん?」
「そうだよ、ほらこれ」
 差し出された携帯の画面には、確かに「くろねこ」の名前といつも見ていた白い猫の画像が表示されていた。
「……男性、だったんですね」
「あ、女の人だと思ってた?ごめんね、分かってると思ってたんだけど」
「い、いえ、確認しなかった私がいけないので」
「でも来てくれて嬉しいよ。一度直接話がしたかったからさ、ありがとう」
「い、いえ……その」
 ぎゅ、と手を握りだした相手にびくりとすれば、戸惑ったように相手を見つめる。サングラス越しの蒼い目は、不思議そうに首を傾げた。
「あ、ごめんね?嫌だったかな。嬉しくてつい……もしかして、男だって知って怖がらせちゃった?誓ってそういうつもりはないんだけど……どうしようかなあ」
 ぱっと手を離した男は矢継ぎ早にそう説明しながら、うんうんと首を捻って悩み出す。
「とりあえず、ここで立ち話もなんだし近くのカフェに入らないかな?ほら、ここ交番も窓から見えるし、君が出入口側に座っていいから」
「え、あ、はい……?」
 つらつらとそう説明されれば、千寿は戸惑いつつも人の目があるならと少し肩の力を落として頷いた。
 「くろねこ」だと名乗る男は、上機嫌でカフェに向かって前を歩いていく。
 そうして連れられるままカフェに入って席につけば流れるように店員に注文を告げ、男はマスクを外した。
「僕のほんとの名前も教えた方が安心かな?えーと名刺名刺……あった、はいこれ」
 す、とテーブルの上に差し出された名刺に、千寿は思わず何度も男と名刺を交互に見始めた。
「え……っ!?ご、五条…悟…?あの、もしかして、五条先生……?」
「なーんか君にそうやって呼ばれるの、照れるなあ」
「あの、これ、本物ですか…?」
「そうだよ、本物。普段使わないから箱ごと突っ込んであるんだけど、まだいる?」
「いえ結構です…!」
 慌ててぶんぶんと首を振る千寿を見て楽しげに笑う五条とは裏腹に、千寿は自分が好きな作家が目の前にいることに混乱して頭を抱えていた。



- 3 -

*前次#


ページ: