ナタからモンドへ帰還する際に、たまたま出会った旅人から「ディルックに渡してくれると嬉しい」と、ナタの特産品の数々を預けられた。
おそらく、自分の帰還予定日がちょうど彼の誕生日だということに気が付いた旅人の気遣いなのだろう。
渡し損ねてもいけないと、モンドへ戻ったその足で真っ直ぐに邸宅へと駆けていく。
アデリンへ話をすれば中へ通され、そのままディルック手ずからお茶を振舞ってもらう流れになった。
「わざわざ届けてくれてありがとう。旅人には後で手紙でも送るよ」
「このくらいお安い御用だよ」
しん、とそれきり何かを語ることなく静かに紅茶を飲んでいるディルックに、段々と冷や汗が流れていく。
これは、どう見ても機嫌が悪いように見受けられる。
自分がなにかしてしまったのか、はたまたタイミング悪くやって来てしまったのか。分からないまま自分から話題を振るなどと度胸のある事も出来ずに、自然とカップに揺れる紅茶に視線が下がっていく。
「……きみが、商談へ出かけて行くといつも良くない噂が出回ってくるんだ」
「う、うわさ、とは」
かちゃ、とソーサーに置かれたカップが合図のように、少し憂いを帯びた表情でディルックは口を開いた。
「商売ではなく鍛造に興味を持ち出したとか、白い髪や黒い髪……とにかく僕とは似ても似つかない容姿や性格の男と仲睦まじく歩いているのを見かけた者がいる、とかね」
「えっ!?なんでそんな話に」
「そんなものが嘘なんだということは分かっている。でも僕がバーへ行くと決まってそうやって揶揄う輩がいるんだ」
揶揄う、と聞いてぽんと頭に浮かぶ顔はただ一人。
「が、ガイアさんたら……人が居ない間に変な話ばっかりして」
「頭では理解しているし、そんな事あるはずが無い思ってはいる。けれどどうしても、君の事になると僕は冷静さを欠いてしまう」
空いた手がそっと机に置かれていた自分の手に重ねられる。普段と違い手袋を隔てない大きな手に、思わずどきりとしてしまう。
「僕自身も忙しくてあまり一緒に居られないのは申し訳ないと思っている。なるべく傍にいたい、叶うなら君が他の国へ行く時は絶対に僕を付き添わせて欲しいくらいに」
「い、いや、そんな、ディルックをあちこち連れ回すなんて出来ないよ。ワイナリーだって忙しいんだから」
「気遣ってくれてありがとう。けれど矢張りどうしても不安なんだ。もしかしたら、と」
ぎゅっと力の込められた手は、普段の壊れ物を扱うかのような加減ではなく。まるで離さないと言わんばかりにしっかりと握られた。
「旅人からの贈り物が無くても、これからこうして戻ってきた時に真っ先に僕の所へ来てくれないか」
「え、い、いいの……?忙しいから、時間がある時の方が」
「いや、その方が安心する。僕も君を縛りたい訳じゃないんだ。このままだと、君が遠くへ行ってしまう事に耐えられなくなって、君を僕の隣に縛り付けてでも置いてしまいそうになる」
ぽつぽつと吐露された不安に、思わず言葉を失っていれば、ディルックは握りしめていた手を引き寄せてそっと口付ける。
「だから、どうか僕がこれまで通り君を見送れるように、何よりも誰よりも先に、僕の所へ帰ってきて欲しい」
燃えるような深紅の瞳が揺れながらそう乞うている事に、ただただ頷く事しか出来なかった。