果たして庇護欲か、それとも


 ナタにも平和が訪れるようになってから暫く。
 ある日突然、熱に浮かされて倒れてしまった。
 少し休めば大丈夫だから、と心配する仲間をなだめて部屋に篭って養生すること数日、容態は一向に回復せず、むしろ悪化の一途を辿っている。
 見かねたムアラニがイファを呼び付け診察するのには、そう時間はかからなかった。
「これは……」
「何なに、そんなに重い病気なの?この子、ちゃんと治るの?」
「落ち着けムアラニ、きちんと説明するから。少し前に、燃素消費が原因の病になったテペトル竜の事は覚えてるか?」
「皆で聖火の結晶を集めた時の話か。もしかして、人も同じ病になるのか?」
 キィニチの問いかけに、イファは小さく首を横に振った。
「いや、俺も人があの病にかかったのは聞いたことがないし、彼女の症状はその逆だ。体内の燃素が多すぎる事が原因だろう」
「燃素の消費のし過ぎではなく、多すぎる?」
「体内に蓄積された燃素が許容量を超えているんだ、そのせいで身体に悪影響を及ぼしている」
「でも、どうして急に……?」
 首を傾げるムアラニはちらりと寝込んでいる様子を覗き込む。苦しそうに呻く姿に眉を顰めれば、イファへそう問いかけた。
「……ただの予測だが、今までは毎日と言っていい程アビスと戦っていたからそれに気付けなかったんだろう」
「なるほど、燃素を消費する機会が減ったからこその病か」
「じ、じゃあ、またあの時みたいに演習とかすれば……!」
「そうは言ってもな、毎回開催するのは現実的じゃないだろう」
 冷静に答えるキィニチに、ムアラニも負けじと反論する。
「でも、何もしなかったら余計にこの子の状態は悪化しちゃうんだよ!?」
「──ふぁ〜あ、お前ら何を騒いで……ん?なんだコイツ、随分死にそうじゃないか」
「アハウ、冷やかすな」
 ふらふらと言い合いの最中割って入ってるアハウに、普段のように怪訝そうな顔をしたキィニチは腕輪に戻るように促すも、アハウはひらひらと挑発するように周囲を飛び回るだけだった。
「へっ、平和ボケしてるからこんな事になるん……あ?何だコイツ、こんなに燃素有り余らせて」
「アハウ、お前に今構っている場合じゃ」
「いや、待ってくれ」
 する、とそう言いながら投げ出されていた腕にその尾を巻き付けたアハウ。何をしているのかとキィニチが引き離そうとすれば、イファから静止の声が上がる。
 肩を上下させるほど荒かった呼吸は、次第に静かなものになっていく。逆上せたように赤くなっていた顔からも、段々と熱が引いていくのが見て取れた。
「ふん、これっぽっちの燃素に振り回されるなんざ、人間は弱っちくて仕方ねえなあ」
「お前、今何をしたんだ」
「あん?何って、見りゃわかんだろ。コイツの燃素をちょっとばかり貰ってやったんだ」
 至極当然のようにそう答えるアハウに、その場にいた者は少し驚いた顔を向ける。
「す、すっごーい!アハウもついに役立つ時が来たんだね!」
「あぁ!?なんだその言い方!オレ様はいつだって頼れる領主だろうが!」
「だがこうやって彼女の燃素が移せるのなら、治療法が分かるまで時間稼ぎ出来そうだ」
「な、なんだなんだお前ら、オレ様が当たり前にコイツの介護をしてやるみたいな流れで言いやがって……!」
 安堵したように言い合う周りを見て、不満そうな顔でそう騒ぐアハウの尻尾をキィニチが掴んだ。
「痛ぇ!キィニチお前、何しやがる!」
「もしこの改善方法に協力するなら、今度旅人に頼んで他の国の果物を仕入れて来てもらってやっても良い」
 ぴたり。その言葉にアハウの様子が一転する。
「ほーう?キィニチにしちゃ随分大盤振る舞いするじゃねえか、そんなにこの女が大事かよ」
「仲間のことを思うのはここに居る全員がそうだろう、俺に限った話じゃない」
「はいはい!そういう事なら私も美味しい果物取ってきてあげるよ!」
 元気に手を上げながらそう提案するムアラニの言葉に、アハウはさらに気を良くしていった。
「仕方ねえなあ〜、お前らがそんなにどーしてもって言うんなら、特別にコイツの面倒をオレ様が見てやろうじゃねえか」
 ──その日から、アハウは彼女と定期的に行動を共にしながら時折その身体から燃素が溢れないように熱を貰い受けていた。


 *

 そんな生活も暫くして、周りが必死に突き止めようとした治療法は手がかりすらも見つからない状態が続いた。
「ごめんね、キィニチにも迷惑かけちゃって」
「いや、俺は全く問題ない」
「おい!お前の面倒見てやってんのはこのオレ様だろうが!」
「そうだよね、アハウもありがとう」
「ふん、もっとオレ様を敬え!」
 申し訳なさそうにしながらもアハウの協力は不可欠で、そうした日々がいつまで続けられるのかと不安が募っていく。
 近頃は燃素が溢れそうなタイミングが測れて来たのか、少しの間なら付きっきりにならずとも各々自分のやりたい事を別行動で出来るようにもなってきた頃。
「お、そろそろアイツがまた倒れちまう頃合いか……」
 やれやれと、態とらしく困った態度を取りながらアハウがいつもの姿を探し回って居ると視界の端にゆらりと金の光が揺れた。
「すごい……いつもアハウにして貰ってるのと同じように燃素が無くなってる。ありがとう旅人……!」
 少し遠巻きに旅人と二人でいる様子を見つけたアハウは、声をかけようとしてその言葉にぴたりと動きを止めた。
 いつもなら、苦しそうにしている彼女の顔は随分と元気そうで。
 いつもなら。申し訳なさそうに、それでも自分に手を伸ばして助けを求める彼女の姿は何処にも無く、本来の活発そうな動きで旅人と楽しげに話を続けていて。
 旅人が自分と同じように彼女の燃素を逃がしてやれるのだと理解して、何かがぽかりと空いたような気がした。

「なぁ、お前、その体質治したいと思うのか」
 その日の夜。野営をしている彼女の元へやって来たアハウは唐突にそう問いかけた。
「え?そりゃあ……イファもシトラリ様も、みんな私の為に治療法を探してくれてるし、いつまでもこうやってアハウに燃素を逃がして貰ってばかりも居られないからね」
 当然だと答える様子に、真っ黒なサングラスの奥で見つめるアハウは静かに答えた。
「なら、オレ様が叶えてやろうか」
「え……え?治せるの?アハウが?なんで?」
「別に、最近思い出しただけだ。お前にその気があんならの話だけどな。どうなっても治したいってんなら……」
「治して!お願い!」
 間髪入れずに答えた彼女の様子に、愉快そうな顔をしてからアハウはその手に小さな結晶を渡した。
「それを食ったら、治るかもな」
「な、なに?これ……角逐の炎、みたいだけど……ちょっと違う……これで本当に治るの?」
「いらねぇならその辺に捨てちまえよ」
「えっ、た、食べるよ!治したいもん!」
 急かすような言葉に慌てて結晶を握りしめた後、意を決したようにごくりと口の中へ放り込む。
 ──途端、ひゅ、と声にならない息を吐きながら、その場に蹲っていく。
 喉から、肺から、胃の奥底が、焼けるように熱を帯びていく。
「か、は……」
 どくどくと脈打つ音が頭にすら響いて痛みを伴えば、そのままぷつりと意識は耐えきれずに途絶えた。

「……おい、大丈夫か、おい!」
 揺すられる衝撃と耳元から聞こえる大きな声にハッとすれば、そこは自分の部屋の寝室だった。
「あ……き、にち」
「アハウが戻ってこないから、探しに来てみればお前が外で倒れていたんだ。コイツがお前の燃素を逃し忘れたのかと思って心配したんだぞ」
「ごめん、ごめんね、心配かけて……多分、大丈夫」
 慌ててお礼を伝えれば、キィニチは怪訝そうにじっと視線を合わせてくる。
「本当に大丈夫なのか?その目、悪いがどう見ても異常にしか見えないんだが」
「目……?」
 覗き込まれた目にきょとんとすれば、慌てて近くに置いた手鏡を掴み取る。
 昨日まで何ともなかったその目は、キラキラと虹彩が色を変え、瞳孔はスっと細く縦長の線を描いている。
「……なに、これ」
「なぁ、まさかとは思うが……昨夜、アハウに何か持ち掛けられてはいないか」
 深刻な表情でそう問いかけるキィニチに、返す言葉も無くただ呆然と自分の瞳を見つめるしか出来なかった。



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