前世の記憶があったお陰でなんて、物語の中では良い方向へ向かうための材料であるように語られているけれど。
正直自分にとっては無い方が幸せだと言わざるを得ない状況である。
「おい、小娘!聞いてんのか」
「はいはい、聞いてるよ」
「なっ、このアハウ様に向かってなんて態度だお前……っ!」
周りをふよふよと怒りながら飛び回る御方に、内心ドキドキしながらそう答える。
──私の前世の記憶はもう随分と古いものになる。
それこそ、遠くにそびえ立つ遺跡がまだ栄えていたような、そんな古代の記憶。
この目の前を飛ぶ小さな領主様が、もっと威厳に満ちて、こんなに小さくなくて、それこそ畏怖を体現したような姿だった、そんな時代の記憶。
「悪い、アハウを任せきりにしてしまって」
「ううん、大丈夫だよ。たまに周りに飛ばれるとちょっと邪魔だけど」
「アハウ、せっかく仕事を手伝ってくれてるんだ。あまり邪魔するな」
「何だと!?キィニチてめぇ好き勝手言いやがって……!」
幸い、人の身に前世の記憶があるだなんてこの時代の人達はあまり考えてないようで、それさえ除けば私はどこにでも居るナタ人の少女だ。
「ほら、アハウの好きなケネパベリーでジュース作ったから」
「ふん!俺様に対してお前らなんて態度だ、今に見てろよ……」
「しつこいぞ、アハウ」
くすくすと笑いながら、それでも元領主様の様子に変わりがないかだけは注意深く観察する。
どれだけ遠い記憶だとしても、恩寵だと並べ立てられて、何もかもを取り上げられたあの日を忘れた事は一度もない。
だから。あえて不遜な態度を取るのだ。
万に一つもこの目の前の存在に、遠い日の領主様に己を知られてはならないと。この時代に生きる、無垢な少女だと思われるように。
そうして自分が心配している様な事態にはならず、今の人間として穏やかに過ごしていたある日。
夜中にずしりと身体が重くなって目が覚めた。
寝ぼけ眼で天井を見上げても、まだ夜中なのか視界は真っ暗な闇をただ見つめるだけだった。
けれど、何故だか重い身体はじわじわと熱を帯びてくる。
「……暑……水……」
今夜はいやに暑いな、と水を汲みに起き上がろうとした所で、その違和感にようやく気付く。
身体が動かない。重かったのは身体ではなく、その上に乗っているであろう「何か」だった。
夜中だからと見上げていた暗闇は、慣れてくれば微かに動きを見せていることに気が付いた。
「──お前、この俺様を騙していたな」
静かな空間に、聞き覚えのある声が上から降りかかる。
嗚呼、ずっと聞いていたあの声がする。
「何故正体を明かさなかった?それにあの態度……自分が何をしたか自覚しているか?」
次々に問われるそれに答えられずにいると、伸し掛っている重さは更に増した。
「い……っか、は」
「フン、答えるつもりが無いのか」
「は……っ」
「……まあいい。どうせ今は俺様もロクに動けない。命拾いしたな?」
軋む骨と吐くことしか出来ない息に苦しんでいれば、ふ、と重さはその一言で消え去ってく。
「見つけたからには逃がさない、覚えておけよ。力を取り戻したその日には、お前の重ねた罪も一緒に精算してやる」
遠くなる意識の中で、それでもはっきりとあの日の領主様の声だけが耳に残っていた。
「おはよう、キィニチ」
「ああ、おはよう……どうした、具合でも悪いのか」
「え?いや、ううん、大丈夫 」
「そうか?あまり無理はするな。昨日もアハウに絡まれて散々だっただろう」
「えっ」
翌朝、いつも通り仕事の為にとキィニチの元へ顔を出せば、そんな事を言われて思わずびくりと肩が跳ねる。
「……本当に大丈夫か?何かアイツがやらかしたのか」
「いや、そんな事は」
「キィニチ!お前何勝手に俺様を悪人扱いしてやがる!」
甲高い声と共に現れたその姿に、思わず身構えてしまう。
「あん?何だお前、本当に俺様が悪いことしたとでも言いてえのか?」
「彼女がこんな態度をするなんて余程の事だろう、お前に自覚が無いだけで本当は何かやったんじゃないのか?」
「はぁ!?このっ……おい!小娘お前ふざけるのもいい加減にしろよ!」
「え……えと、ごめん……」
身構える自分と違って、昨日と大差ない領主様の態度に思わず呆然とする。
慌てて謝罪の言葉を口にすれば、それでは満足しなかったのか変わらず顔を赤くして怒っているようだった。
「本当に悪いと思ってんなら誠意を見せろよ、誠意を!今日のメシは俺様の指定したモンを作るとかな」
「お前がただ食べたいだけだろう」
「うるせえ!」
いつも通りの二人の様子にぽかんとしながら、昨夜のあれはもしかして古い記憶のせいで見た悪夢だったのだろうか、と少しずつ冷静になってきた。
「……しょうがないなあ、今日はリクエスト受け付けてあげるよ」
「くっ…この、お前まで馬鹿にしやがって……!」
あれは悪い夢だろう、そうでなければこんなに小さな領主様が自分があの頃の生まれ変わりだなんて気が付くはずが無いのだ。
「せいぜい今のうちに謳歌しておくんだな」