ふわりと漂う嗅ぎ慣れない匂いにつられて、アハウは無意識に競技場の屋台へ足を運んでいた。
「あれ、アハウ?キィニチはどうしたの」
「けっ、オレ様が居ればアイツも居ると思うなよ。お前こそ何してんだ」
調理台の前で何かを作っている様子にそう尋ねれば、彼女は手を止めて答える。
「稲妻?の料理を旅人さんに教えて貰ったから、作ってみてるの。持ち運びに便利かなあと思って」
その説明に周りを見渡せば、鍋の中には先程辿ってきた匂いの液体が入っている。隣の大皿に並べられているのは、米らしきものが固められた物体だった。
「ご苦労なこったな、随分地味な見た目の食い物みてえだが本当に美味いのか?」
「もう、そんなこと言うなら食べてみなよ」
少し揶揄うようにそう告げれば、彼女は頬を膨らませながら並べていた米のひとつをアハウへ差し出した。
当然のように受け取れば、アハウはそれに齧り付く。
「ふん、まあまあだな。本当に持ち運びに便利なモンか?手がベタつく」
「包装紙とかに包むから、汚れないって言ってたよ」
「まあ、悪くない味だった。今後オレ様に献上しても良いんだぜ」
「次からはちゃんとお代を貰いまーす」
「なっ!こ、このやろう……!」
数日後、依頼を片付けたキィニチが昼にしよう、と荷物から見覚えのあるものを取り出していた。
「稲妻の料理だろ?アイツが前に試作してたな」
「よく知ってるな、俺も前に彼女から作り方を教わったから作ってみた」
ぽいとアハウの分を投げて寄越すキィニチにぐちぐちと文句を言いながらそれを口にすれば、ぴたりとアハウの動きは停止した。
「……なんだ?腹でも壊したか」
「違ぇよ!お前、アイツに教わった通りに本当に作ったのか?」
「はじめて作るものだからな、先ずは手順通りにしか作ってない」
「ならお前は料理の才能が無いのかもな!」
「不味いならもう食わなくていい」
「不味いとは言ってないだろ、このバカニチ!」
顔を赤くしながら文句を言いつつも、何処かあの時食べたものとは味が違うとアハウは首を傾げていた。
──その日の懸木の民に戻る道中で、仔竜に囲まれた彼女の姿を見かければアハウは自然と声を掛けた。
「お前、今度はコイツらに飯をやってんのか」
「あれ、キィニチにアハウ!おかえり」
「随分懐かれてるな」
「ふふ、みんなビスケットが食べたくて甘えて来てるだけだよ」
くすりと笑う彼女の手には、ビスケットが入っているであろう袋が握られていた。
「たくさんあるし、二人もいる?」
「いや、俺は大丈夫だ。仔竜達にやってくれ」
「お前がどーしてもって言うなら貰ってやらんことも無い」
「はいはい、アハウもどうぞ」
差し出されたビスケットをぱくりと口に放れば、アハウはぽつりと感想を述べる。
「ふん、まあまあだな」
「えー、アハウはいつもそればっかり」
「美味いと言わせたいならもっと精進する事だな」
「嘘を付くな、お前はいつも俺や他の奴が作ったビスケットにはもっと文句を言ってるだろう。彼女の作ったものが気に入ってるくせに」
「う、うるせぇ!そんなんじゃねぇよ!」
「ふふ、そうなの?素直じゃないなあ」
どこか嬉しそうに笑みを浮かべている様子に腹を立てていけば、アハウはさっさとその場を後にした。
また明くる日に、アハウは木陰で果物を口にしている姿を目にして近付いた。
「また何か食ってんのか?」
「アハウこそ、いつも目敏いんじゃない?」
「誰が食いしん坊だ!オレ様にはそれなりのモノが献上されるべきだから何でもかんでも食うなんて事しねぇんだよ」
「ふうん、大変だねえ」
さして気にとめていないように答えながら、彼女は手にした果物を口に運んでいる。
「で、お前の食ってるそれはなんだ?」
「もう、結局気になるんじゃない。これはモンドの方で採れるベリーだって言ってたよ、食べる?」
はい、と差し出された小さな粒に齧り付こうとすれば、勢い余って彼女の指ごと口の中へ入れてしまった。
「うわっ、もうちゃんと自分で持って食べなよ」
ぷちりと弾けた果汁を拭う様子を見つめながら、口の中に触れたそれにアハウは暫く逡巡する。
あの時食べた米の料理も、いつも彼女が持ち歩くビスケットも。何処か他の人間が作るものとはどうも違うと思っていた。
「……アハウ?」
「嗚呼、なんだ。そういう事か」
ぽつりと呟いたアハウは、その小さな体躯に似合わない程口を大きく開けていた。
目の前にこんなご馳走が転がっているのに気が付かなかったなんて!