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「ふんふふんふんふーん」
革靴が舗装された混凝土の道を軽やかに叩く。
隙がなくネクタイを締めて皺ひとつない黒のスーツに身を包んだ男、麦わらの一味のサンジはその日、鼻歌を歌いながら軽快に歩いていた。
グランドライン道中。次の島に向けて買い出しのために寄った島はなかなかどうして良い食材が取り揃えてあり、サンジは満悦していた。
「いい食材も買えたし、今日の夕飯は何にすっかな……。待っててねナミさんロビンちゅあん、今帰るよー!」
カールした眉を顰め、思案顔はさながらフランス彫刻のよう。かと思えば、刹那その顔は船で待っている女性陣に想いを馳せ、締まりのない様に変化した。
麗しい彼女たちに早く会いたい、はやる思いから駆け出そうとしたその時。
「イテッ」
身体の前面に衝撃が走り、倒れそうになる勢いをぐっと自慢の脚に力を入れ殺した。思い切り誰かとぶつかったのだ。目利きして選んだ玉ねぎが、腕に抱えた袋から落ちて街に転がった。
「おい、どこみてん、だ……」
荒々しく声をかけたところで、胸のあたりに頭をぶつけてきた目の前のその容姿に目を奪われる。
「あ、ごめんなさい! 急いでいて……。お怪我はないですか?」
幅の広い帽子の下から覗く、上目がちの瞳が綺麗だった。さらさらと揺れる薄紫色の髪は艶めいていて、ふわりとしたシルエットのワンピースも可愛らしい。それでいて、裾から覗く足首の細い線が艶かしかった。
「あぁ、大丈夫かい? こんな麗しいレディに荒々しい声を上げてしまって、俺はなんて冒涜を……!」
サンジは咄嗟に態度を変えて恭しく謝った。よろけて体育座りのような格好になったままの彼女に向けて手を差し出す。
しかしその手が受け入れられることはなく、彼女の唇は「ならよかった」と綺麗な弧を描いて、パタパタ駆けていってしまった。
「……?」
確かに、美少女、だった。見紛うことない美少女だ。
なのに、何故だろう。
サンジの本能とも言える「メロリン」が発動しないのである。レディに向けての態度は取ったが、あれほどの容姿なら行動だけでなく心も傅こうとするものなのだが……。
「まさか、なァ」
自分自身の本能に自信を持っているサンジは一瞬の疑念を覚えたが、それを確認する術も気にする猶予もなく、船で待つナミとロビンのもとへ駆けて行った。

(道中、「お兄ちゃん買い足してかないかい?」と声をかけられた店で食材を買おうとしたところで、サンジは自身の財布がなくなっていることに気づいた)


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