マーキング
「これ、どうした」
冷ややかに吐き出された声と、私の肩に残る歯型。
会うなり壁に押し付けられボタンを外されたと思えばこの一言だ。相手がダニエルじゃなかったら泣き喚いていたかもしれない。
その時私の脳内には二つの選択肢があった。
適当なことを言って躱すか、正直に理由を話すか。当然私に残されている選択肢は後者のみだ。迷う時間すらなかった。
「いや、えっと、浮気、とかじゃなくてね。…その、友達に、噛まれた、というか…。頼み込まれて!1回だけだからって…!本当にそれだけだよ!他には何もしてな…ぃ゛ッ…!」
突然左肩に走る痛みに思わず声が漏れた。決して快感ではない、単純な痛みに対する反応だった。噛みちぎられやしないかというその行為に眉を寄せる。私は相手の背中に手を回して痛みを堪えるように唇を噛み締めた。
数秒後、ゆっくりと肩から唇が離される。私の視界に噛み跡は写っていないが、ジンジンとした痛みから恐らくえげつない痕がついてるんだろうということが予想できる。
文句を言える立場だとは思っていないがせめて何か一言欲しかった、そう口を開こうとすれば口付けで声を塞がれる。もうこちらのペースなど御構い無しだ。
熱のこもった吐息が至近距離で吐き出される。私は呑まれないようにしがみつくことしかできず、その抵抗も虚しく唇が離れた瞬間がくりと腰を抜かしてしまった。
「…これで十分だろ」
虫除けだと肩に残る痕をなぞられ、顔に熱が集まるのがわかる。怒った?と尋ねようと口を開こうとすれば声を遮られた。
「後悔すんなら断れ、馬鹿。」
ダニエルは呆然とする私の頭を撫で、先程とは違い穏やかな声で言葉を続ける。
「ビビり散らかしたツラ提げてりゃわかるっつの。…おら、…あき」
腕を広げ、優しく私の名前を呼ぶ彼に安堵を覚える。私の帰る場所はここなのだ。次元を跨いだ頃の疑いは既に無くなっていた。
「あんなに怒ってるダニエルくん初めて見た……」
「そりゃ知らねえ男の歯型つけて帰ってこられりゃ怒るだろうが。またお前が襲われたんじゃねえかって、」
「……ごめんね」
「ンな顔すんな。…もう怒ってねえよ。」
「ダニエルくん…!」
「でも今度はそいつ連れてこい。」
「やっぱり怒ってる!!」