キスの日2020

せっ‐ぷん【接×吻】
[名]相手の唇やほおなどに自分の唇をつけ、愛情や尊敬の気持ちなどを表すこと。くちづけ。キス。

5月23日はキスの日。
誰が定めたかも知らないその記念日にあきは燃えていた。
ダニエルへ自分から口付けをしてみせる、と。
ダニエルとあきが交際を始めて数年、あきが自ら相手の唇へ口付けた回数は片手で数えたとしても余りが出るほど少ない。頑なにも思える態度だが、それはけして口付けが嫌いなわけでも、ましてやダニエルとの口付けが嫌なわけでもない。
経験が少なく、羞恥が勝るだけなのだ。
粘膜と粘膜が触れ合うなど、ほぼ性行為ではないか。などと超理論を展開し"キス"という行為から目を背けて来たものの、流石にその理論にも限界を感じて来たのか空中へ拳を突き上げ決意を表明して今に至る。
と、言ったものの。
ダニエルを目の前にした瞬間、数分前まで掲げられていたあきの誇り高き決意は粉々に崩れ去っていた。
あきの手を取り、ダニエルは愉しそうに笑う。
「キス、してえんじゃなかったのか?」
「し、したいけど!したい、けどさあ…」
年単位で拗らせてきた女が一朝一夕に行動に移せるわけがない。それが出来るならとっくの前にやっている。少し考えればすぐわかることにも辿り着かなかったのはある種のハイ状態になっていたからか。
あきは喧しいくらいに鳴り響く心音を無視してダニエルの頬へ手を伸ばす。いける。いける。いけるいける。大丈夫。接吻がなんぼのもんじゃい。

その瞬間、けたたましく鳴り響いたのは携帯の着信音だった。あきは自分の携帯へ手を伸ばし、画面を確認する。
ああ、わかりきっていたというべきか。着信内容はライブラの召集連絡だった。

そうとわかれば大慌てで服を着替え、靴を履く。嘆いている暇などない。収集されたということは、大方世界のピンチなのだろう。
部屋を出る寸前、あきは玄関先まで見送りに来たダニエルの手を取り、そっと掌へ口付けた。
「帰って来たらちゅーするから、唇空けといてね」
それじゃあ、と軽く告げればドアを開け、あきは今日も世界を救わんと外へ飛び出す。
静まりかえった部屋に一人残されたダニエルは、顔を覆いぽつりと声を漏らしていた。

「……あークソ、……てめえも十分、タチ悪ィじゃねえか」