トゥルーレディ・ショウ_3

八話
ダニエルに促され、あきは言葉に迷いながら拙く話し始めた。まだ私もよくわかってないんですけど、と前置きをして。
HLPDでのテストにより判明したあきの能力は大まかに言ってしまえば「一人以上にとって意味を成す言葉」であればそれが何を意味するのかを解し、操れるという力だった。それは一般的な公用語だけに止まらず、異界語、暗号、果ては古代語までを理解する。しかし、一つのデメリットがあった。長時間の使用により”言語の区別がつかなくなる”のだ。現在一般的に使用されている言語から遠くなればなるほど、その副作用は強まる。
一通り能力の概要を話し終えるとあきはダニエルに目線を送った。ダニエルから補足がないということはうまく説明が出来ていたのだと察する。
すべての言語が壁を有さないあきの能力は、一部の研究者にとっては喉から手が出るほどに欲しい代物だろう。あきの能力が広まれば、それこそあっという間に研究所送りになる。しかしデメリットの許容量も確定していない状態で能力の使用を少女に強いるのはあまりにも酷な話だ。最悪使い潰される可能性だってあるだろう。それを防ぐためか、あきの能力を知っている警察官並びに術士、研究員はごく僅かに絞られた。それによってあきの能力が署内中に広まるという悪夢は事前に防がれ、今まで明るみになることなく過ごせたのだった。
ダニエルは上司の命令だというが、実のところは分かっていない。
「ええと…これで一通りはわかっていただけましたかね。」
「ああ。説明させてすまなかったね。」
あきは自分でも理解していない事象の説明に四苦八苦していたが無事伝わっていたことに安堵のため息を零す。すると説明の間に瞼の熱も落ち着いたのか、氷嚢を手に持ったままのレオナルドがあきを見つめて尋ねた。
「…貴方は何で、リスクを負ってまで僕たちに鑑定を求めたんですか?あっいや、その、怒ってるとかじゃなくて。シンプルに疑問なんすよ。俺が言うのもなんですが、自分の正体を証明したいっていうにはライブラじゃリスクが大きすぎませんか?」
腐ってもHL、神々の義眼でなくとも次元超越者であることを証明できる程度の術士なら居ないこともない。それなのにあきは機密情報を抱えているということまで打ち明け、ライブラに助力を求めた。画面越しに幾度も彼らを見守ってきたあきと違い完全に初対面のレオナルドには、その行動が不思議に思えたのだろう。
「…頼りたい人くらい、選びたいもんなんですよ。名前も知らない誰かより、ずっと見て来た貴方たちのほうがいい。」
あきは癖なのか何度も左手で自身の長髪を撫でつけながら言う。
「…それに、次元を超えたってことは、ここは私の生きてきた世界じゃないんです。HLを出たとしても、私の居場所はもうないでしょう。ならせめて、この街の中で生きる意味を見つけようと思って。神々の義眼に保証された翻訳機能付きの女なんて、そうそう居ないでしょう?」
笑えない現実を茶化すように笑って見せるあきの声色にレオナルドは故郷の妹を思い出し、やるせなさに眉を寄せた。誰も自分のことを知らない世界。愛する家族のいるレオナルドにとってその世界はあまりにも残酷だ。
「ミズ、春秋。」
クラウスの低い呼びかけに、あきは驚いてびくりと肩を跳ねさせた。そして、こわごわとクラウスへ目を向ける。どちらも目線を逸らそうとはせず、時計の針が時間を刻む音と、自身の心音だけがやけに耳へ張り付いた。
「私から取引を申し出たいのだが、構わないだろうか。」
「…私に、できることであれば。」
あきと真正面から向き合ったクラウスは、疑いようもなくはっきりとした声で強く告げた。
「君に、我々の同志になってもらいたい。」
「…へ」
「は、」
「はァ!?!?」
誰よりも派手に挙げられた戸惑いの主はダニエルだ。まさか警察署内で秘密結社のリーダーが警察の保護下の人間を勧誘するなんて、誰が思うだろうか。スティーブンは常に自分の予想を突き抜けていくボスに最早苦笑いを浮かべ、片手で顔を覆っている。副官は知っているのだ、彼がどうしようもなく頑固者だということは。