6話 並ぶ肩




 ロータリーに入ってきた赤い車に駆け寄れば、運転席には水森さんの姿があった。
 恐る恐る助手席の扉を開ければ、水森さんが「お待たせしました」と笑う。
「むしろすみません、わざわざ来ていただいて……」
「私が言い出したことですから……ほら、乗ってください」
 僕が頭を下げつつ助手席に乗り込むと、水森さんは緩やかにアクセルを踏んだ。
 気まずい沈黙が車内を支配している。僕はなにを言っていいのかわからないし、水森さんもなぜか黙っている。
 車が赤信号に引っかかって停まるまで、静寂は続いた。
「……まずは、誤解を解きたいのだけど」
 ウィンカーがかちかちとメトロノームのように響く中、水森さんが口を開く。
「洗面所に置いていた口紅は、先日泊まりに来ていた姉が忘れていったものです」
「え」
「駅で見たというのがその姉でしょうね」
「でも、キス、して……」
「姉はフランス育ちでして。ほら、見たことあるでしょう。チークキス……頬と頬で触れ合うあれです」
「そう……だったんですね……」
 つまり、僕の勘違いだったと。……恥ずかしい話だ。付き合っているわけでもないのにこんな勘違いで心を惑わされて、その上水森さんの説明に疑念を抱いてしまう。そんな権利、ありもしないのに。
「すみませんでした。勘違いを、してしまって」
「姉と私はあまり似ていませんから……そう見えてしまっても仕方がないと思います。青羽さんが謝ることではありません」
「どうして、わざわざ。迎えになんて、来てくださったんですか」
「私がそうしたかったと、」
「そうじゃなくて!」
 思ったよりも大きな声が出て、自分でも驚いた。水森さんが目を瞬かせながらこちらを見ている。
「僕、は、水森さんが好きなんです、貴方を、愛しているんです。そう、伝えましたよね。それなのに、こんな。こんなことされたら……期待、するでしょ……」
 後半に行くにつれて声は萎れていって、最後の最後はもはや水森さんの耳に届いているかもわからないような有様だった。
 それでも水森さんが驚いたような顔でこちらを見ていることだけはよくわかって、いたたまれない気持ちになる。
「青羽さん。私は……」
 水森さんが口を開いた瞬間、後続車のクラクションが耳をつんざく。いつのまにか信号が青になっていたようだった。
「……話は後ほど。で、いいですね?」
「はい……すみません」
「青羽さん、謝ってばかり」
 水森さんがくすくすと笑いながら、車を走らせる。その言葉にも「すみません」としか返せずに、僕は黙り込んだ。
 そこから約三十分の沈黙はやっぱり気まずくて、僕はただひたすらに、自分の心臓の音に耳を澄ませていた。




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