執着は檻


「あんた、ホルマジオ……?」

 まるで電波を受信したかのように、唐突に前世を思い出した。私の言葉を受けて、笑顔のままに固まった男。こいつはやはりホルマジオだ。

 しかし今はとにかく状況が悪い。私は持ち込みで着替えた制服姿でベッドの上、ジャケットをハンガーにかけてシャツ姿のホルマジオもベッドの上。世間的にはいわゆる援助交際と呼ばれるような取引中だったのだ。

 とりあえず、私達には話し合いが必要なのではないか。目を合わせれば、同じくそう考えたらしいホルマジオに頷かれる。無言のままにのそのそとベッドを降りて、ソファに向う男女はさぞ滑稽だろう。ラブホテルの役目は今のところまったく果たされていない。

 広いソファの肘掛けに寄って座れば、隣にホルマジオが座った。見ず知らずの男に金銭も絡めず距離を詰められるのはまだ慣れないけれど、相手はホルマジオだと分かれば見知った顔に少しは安心もする。

「……で、何でこんなことになったんだっけ?」
「俺がSNS上で、お前を買いたいって連絡取ったからだな」
「いやそうなんだけど、そうなんだけどさ」

 私が聞きたかったのは、どうしてホルマジオがここにいるのかという疑問だったわけだけれど、それを言われてしまっては話を終えるしかない。いつも通りお金を稼ぐためにSNSで客を捕まえたら、前世の同僚だったなんて本当に笑うしかない状況だ。

 でも仕方ないことなのだ。こうしなくては生活費すらままならない。生まれ変わって女子高生にまで成長した私だけれども、なんと今世も中々にハードモードな家庭に生まれていた。まあ、何もしてもらえない替わりに暴力などを振るわれないだけマシなのだけれど。

「どうせ今回もロクでもない家に生まれてるんだろ、学費でも稼いでるってとこか?」
「うーん、ぜんぶ見透かされている!ホルマジオ大先生に隠し事は出来ないねえ」
「まあそれなりには生きてきたからな」
「というかホルマジオは何、会社員なの?ヤクザかなんかかな?」
「おいおい、決めつけるんじゃねえよ!キチンとした正社員さ、法には触れてない」

 法には触れてないだけで、かなりギリギリなグレーゾーンには分類されていそうだ。まあ身なりも悪くはないし、生活には困っていないのだろう。というか、だからこそ私は客として彼を選んだのだけれど。

 しかしそれにしても、今世の彼が年下趣味だったとは。軽薄そうに装って、その実は面倒事を誰よりも避けるのがホルマジオだった。学生相手のこんな取引なんて、もっとも忌避しそうなものなのに。性癖は曲げられなかったのだろうか。

 半ば呆けるようにして自分の考えに熱中する。周りが見えなくなるほどに唸っていた私は、流れるようにして膝に乗せられていたことにも気を留めない。後ろから腰を抱き込んだ手が制服のボタンを外しているという段階になって、体勢の可笑しさにようやく気がついた。

「……随分と積極的ですね」
「最初に代金は提示しておいただろ?足りなかったなら追加するか、時間のことなら泊まりで部屋とってあるから問題ねえよ」
「えっ2時間コースじゃないの、昔なじみとはいえ追加料金かなり貰うよ」
「お前が欲しいだけ払ってやるから、今後の人生全部買わせてくれても良いぜ」

 口調こそ明るいけれど、私の腰に回された腕は力強く戒めるようだ。随分と言葉にもないことを言う。どうせ逃してくれるつもりなんてない癖に。

 むずがるのを止めて彼にもたれ掛かれば、嬉しそうにキスがうなじへと落とされる。ああ、制服が全部床へと投げられてしまった。下着姿はやっぱり心許ない。

「最初はよ街中でお前を見たんだ、あん時は腸煮えくり返ったぜ?なんにも覚えてない上に知らない男と腕組んで歩いてるんだもんな」

 衣服を脱がせる腕は止まって、彼が話す度に振動が背中を這う。首の付け根、肩甲骨、腰のくぼみ。生ぬるい柔らかさに背筋がゾワゾワする。思わず息を吐いたのはご愛嬌だ。

 そんな私の様子にご満悦らしいホルマジオは、喉で笑って私の髪を指先で掬う。サラサラと落ちる毛先が、首筋を掠めていく。触られた箇所から熱が広がるようなのは気のせいだろうか。

「調べてみればすぐにお前を突き止められた、家族に恵まれなかったの災難だったろうが俺にとっては幸いだ」

 肩で喋られる言葉が、耳をすり抜けるように現実味を無くして聞こえる。この人はそんなにも私を手に入れたかった。私の身を貫くほどの、彼のこの感情は何なのだろう。

 顔を見るために振り向けば、何を勘違いされたのか噛み付くようにキスをされた。優しく甘噛みされている唇が、熱くて燃えるようだ。

「なあ愛してるんだ、前世は諦めた、今世ぐらい俺にくれよ」

 そうか、これはきっと執着だ。彼の緑色の奥に揺らめく光が怪しく瞬く。囚われた私は何処にも逃げられない。逃げようともしないけれど。

 了承の意味を込めてキスすれば、私の背中がソファの上に付く。今日の夜はきっと長い。明日は朝に起きれるかしら。その時は責任をもって、彼に起こしてもらおうと決意した。