鷹は鳶たりえるか


「ヤナギセンパイ、ちわーっす!またこの本借りるんスか?めっちゃ好きなんすねウケるっす」
「同じではない、昨日のものは戯曲集だが今日のものは短編集だと前にも言ったぞみょうじ?」
「あー、そうなんスか?フベンキョウで申し訳ねえっす、メモとっとこ」

 およそ昼休みの図書室には似つかわしくない会話をしている自覚はあった。みょうじなまえは2年生の図書委員で、切原赤也のクラスメイトだ。年度始まりの図書当番だった彼女から声を掛けられてから、その後も何となく交流が続いていた。

「ヤナギセンパイ本当にスゲー糸目で丸頭なんすね、切原がよく話してる通りだわー」
「みょうじ、俺とお前は初対面の筈だが随分と物怖じせず話すな?赤也が他に何と言ったか聞いても?」
「あんま思い出せねーんすけど、『糸目で頭良いとかキャラ濃すぎてムッツリスケベでもないとバランスとれねーよな、家にめっちゃエロ本あったらウケる!』って言ってたかな?」
「ふむ、成程」

 あれを交流と呼ぶかどうかは未だ分からないが、兎も角その日の赤也への指導は熱が入ったのは確かだ。彼女から柳へ話が言ったことを知った赤也がプリプリと怒ってきた、と楽しそうに後日談を話されたのも数ヶ月前だ。

 慣れないことをしているな、という自覚はある。みょうじは自分が普段あまり交流するようなタイプの人間ではないのだ。陽気で慇懃無礼かつ、寡黙とは程遠いがどこか憎めない。それでもどこか好ましさすら覚えるのは、部活の後輩に似ているからなのだろうか。

「そういえばアレ入ったすよ、ヤナギセンパイが書籍購入リクエストしてたやつ」
「あの全集か、予算的にも難しいとは思ったがよく通ったな」
「先生にうまーく話通ったんすよ、何かどうにかこうにかやってくれたらしいんすけど」
「ああそうだったのか、ありがとうみょうじ」
「先生の努力あっての事っす、後は常連客ヤナギセンパイパワーのおかげっしょ」

 彼女は言葉遣いとは裏腹に、こうして手際の良い仕事をする。今だって柳と話しながらも、教師に頼まれて作っていたらしい冊子をさりげなく整理している。見知った仲ではあるから自分とて無作法だと怒ることもしないし、そのあたりの見極めもされているのだろう。

 ふと視線を反らせば、カウンターの上には栞の挟まれた本が数冊ほど積まれている。どれも以前に自分が面白いと薦めたものだった。その下に敷かれているのは、確か柳生が先日購入していた新刊だろうか。人と人との交流とは、思わぬところで繋がっているものらしい。

「みょうじは今まであまり活字とは縁がなかったのか?」
「は?カツ……かつじ、ああ本の事!漫画は好きなんすけどね児童書とか、今まで読まなかったぶん聞きまくって勉強中なんすよ」
「どちらかというとスポーツの方が好きか」
「いやーそうでも無いんすよねコレが、前は吹奏楽部だったし今だって文芸部だし」
「部活を移ったんだったな」

 ヘヘ、と気恥ずかしそうにはにかむ様子は年相応の幼さが滲む。吹奏楽部で昨年あった騒ぎはすでに学年中の知るところだ。上級生が下級生の女子を対象に嫌がらせを繰り返し、それに耐えかねた下級生が報復として傷害事件を起こした。
 外部団体やら何やらも介入する大騒ぎとなったそうだが、学校側も醜聞を表立って広めようとはせず。上級生が転校して去ることで表向きは沈静化していた。しかし、被害者であった下級生は、未だこの学び舎にいるのだ。

「文芸部ってなんて呼ばれてるか知ってます?はみ出しモンの溜まり場っすよ、間違っちゃねえすけど」
「様々な意見があるだろうがな、俺は文芸部の冊子が好きだぞ」
「ヤナギセンパイそっちも常連らしいっすね、次号は来月っす」
「文化祭の特大号も楽しみにしている、みょうじは書かないのか?」
「勉強間に合ったらアタシもそっち入るんで好ご期待ってやつ、よろしくです」

 聞かれない限りは詮索もしない、不要な質問もしない。踏み込むほどに強い熱も欲も互いに持ってはいないのだ。自分は図書室で出会う先輩で、彼女は図書室で出会う後輩。きっとそれが一番好ましい。

 換気のために開けていた窓から少しの風が吹いて、彼女の横髪が舞った。柄にもなく、文学に描かれる清廉な少女とはこの様なものだろうかなど、柳は考えた。