おやつは蒸しケーキ


 どうやら自分の顕現した刀剣男士たちは、よその本丸よりも人好きのする気質を持っているらしい。そうなまえが気が付いたのは、会議後の世間話の最中であった。

 たしか話の内容はホットケーキミックスを使ったレシピについて、といういたく平和なものだった。このサイトに載っているものは美味しかった、打刀にも好評で……。なんてことはない井戸端話だ。しかし、その後に続けた言葉に話相手の女性審神者が目を丸くしたのを見て、おや? と異変に気がついたのだ。

「あの、それって、本当に……?」
「本当ですよー!このレシピはすごくみんな喜んでくれたんです!特に加羅ちゃん、じゃない大倶利伽羅は美味しい美味しいって3回もおかわりしてくれて」
「甘さが足りないが、味は悪くなかった」
「またそんな風にぶっきらぼうなこと言って!美味しかったんだからきちんと言ってもいいのに」

 近侍として、自身の真横に控えていた大倶利伽羅が口を出す。その様子を見た女性はおろか、隣に控えていた相手方の近侍までもが目を丸くさせていた。

 審神者の人となりというものは、刀剣男士にも影響を及ぼす。耳にしたことはあったが、まさか自身にも適用されていると、なまえは露ほども考えたことがなかった。女性審神者は数拍の後に我に帰ると、その事について話してくれたのだった。

「なまえさんの本丸の刀剣男士は、あなたに似て優しく触れ合いが好きな方々なのですね」

いわく、女性の本丸には最近大倶利伽羅が顕現されたのだが、あまり交流を好まないのだという。自身の知る大倶利伽羅とは、あまりに違った様子に驚いてしまったのだと。不快に思わせてしまったのならすまないと詫びる女性の言葉を聞きながら、なまえはひそかに驚いていた。

 刀剣男士は分霊であり、同一の本霊という大元を持つ。そのために彼らは全く同じ見目で現れるわけだが、その性格や個性は環境による。すごす環境の差が内面を形作り、いわゆる個人差へと繋がっていくのだ。
 
 会議から数日後、なまえは書類事務にとりかかりながら、本日の近侍である山姥切国広と話していた。

「本丸差ってやつ、あるのは知ってたけどこんな風に影響してたなんてねえ……?私、うちの本丸にはそういうの無いんだと思ってた」
「うちの本丸はどいつもこいつも能天気がすぎるくらいだろう?あそこまであんたに似ているのに、気が付いてなかったのか」
「えっ、そんなに……?」
「畑の水やりがいつの間にか主はおろか刀剣すべてを巻き込む大合戦となり、それこそ太刀も大太刀も濡れネズミになりながらぞろぞろと屋敷へ帰る本丸が他にもあると思うのか」
「で、でもそれ、一番はしゃいでたまんばちゃんが言うの」
「戦と名が付くものに手は抜けない、いつでも誉とは貪欲に求めるものだからな」

 キリリとした眼差しで審神者をみすえる近侍の姿に、なまえは自分の影響を強く感じ取る。そういえば大倶利伽羅はその時も山姥切とタッグを組み、襲い来る対抗馬を軒並みなぎ倒していた。主にも容赦なく水を浴びせかける迷いのなさは、まさに歴戦の武士のそれであった。

「入るぞ、長谷部からの書類だ」

 噂をすれば何とやら。書類を手に部屋へと入ってきたのは大倶利伽羅その人であった。

「頼んでたやつだ、ありがとうね加羅ちゃん!長谷部は何か言ってた?」
「この続きの資料が欲しいと言っていた」
「じゃあちょうど書いてたコレだ、届けに行かなきゃね」
「ちょうど長谷部に相談したい事もあることだから俺が行こう、大倶利伽羅も届けてくれて感謝する」

 廊下の向うに近侍の背中が消えていくのを見届けて、立ったままの来客に座布団を勧める。ちゃぶ台の上に麦茶を注いだグラスを置いてやると、大倶利伽羅は座って一気に飲み干した。

「もう一杯飲む?」
「ああ」

 外はうだるように暑く、セミたちは張り上げるようにしてけたたましく鳴いている。
 勢いよく中身を飲み干されたグラスに麦茶をまた注いでやりながら、庭に咲いているひまわりの群れを眺めていた。

「そういえば、この前の演練の時の話をさ、まんばちゃんに聞いてもらったんだよ」

 相槌の言葉こそ無いが、大倶利伽羅はグラスを片手に主の方を向いている。注ぎ終えた麦茶のヤカンをちゃぶ台に置いて、なまえは話を続けた。

「なんかこう己とはどんなものなのかをまざまざと見た気分になったんだよね、思えば思うほど私の影響強いんだね、私の本丸って……」

 思い返してみれば、審神者と一緒になって梅ソースでせんべいに絵を描く骨喰の話は聞いたことが無い。セグウェイで庭を走り回る宗三も、絵本の読み聞かせをせがむ青江も、シーツに転がる審神者の引き網漁ごっこに付き合う同田貫も、他の審神者から聞いたことなどない。
 そうして考えれば考えるほど、自身の脳みその花畑ぶりが露呈してしまいそうで、なまえはそっと思考を止めた。

「嫌か」
「嫌ってことは絶対ない!ただ、私の影響でみんなの知能を9歳児くらいにまで引き下げてしまっているのなら、すげえ申し訳ない……」
「刀剣男士は審神者の影響を受ける、この間の演練でもあの審神者が言っていただろう」
「うん、そうだね」

 あの演練の日の近侍は大倶利伽羅で、彼は審神者同士の会話を近くで聞きつづけていた。そうして刀剣との距離に悩む相手方の審神者に、ぽつぽつとアドバイスをしたのも彼だった。素っ気ないように見えて、優しい刀だと知っている。

「そちらの俺も、直に本丸に慣れていくはずだ」

 そんな大倶利伽羅の言葉を聞いて、頬を緩ませた相手に本当にうっすら笑むことの出来る。本当に良くできた伊達男なのだ。

「加羅ちゃんの優しさに見合うような審神者になれているのか、不安になっちゃったあ」
「何を馬鹿なことを」

 床に溶けるなまえの近くに座り直し、大倶利伽羅がつむじを見下ろす。背後には咲き誇るひまわりがほんの少し揺れていて、視界いっぱいに広がるのが美しいものばかりだとなまえは呆けて考えた。

「刀剣男士は、審神者が無ければ顕現できない」
「うん……」
「ならばお前が言う優しい俺とやらも、アンタ無しでは出来ないものだろう」

 突然に投げられた言葉に、なまえは面食らうしかなかった。噛みしめるように頭の中で言葉を繰り返して、座布団に頭を押し付ける。どこまでも嬉しい言葉をくれる、目の前の彼への感謝が溢れてニヤケる顔を隠す。

「もう、もーう!嬉しいこと言ってくれちゃってえ!今日のおやつの蒸しパン、加羅ちゃんは量2倍だからね!」
「チョコソースは」
「もってけ泥棒!」

 満足そうにうなずく大倶利伽羅を見上げて、床の上でなまえは転がるしかできない。ああ、優しい刀剣たちに恵まれて本当に幸せだ。
 戻ってきた山姥切に咎められるまでは、もう少しこの喜びを噛みしめておこう。そんなことを考えて、座布団に額を再度押し付けた。