この世の春とは


 木暮公延には恋人がいる。一年生のときに同じクラスになって、席が隣ということもありよく話すようになった。木暮はなまえの朗らかなところを好ましく思ったし、なまえも木暮の優しさを好いたのだという。出会ってから半年も経たないうちに始まった交際は、3年生になった今も続いている。

「公ちゃん、この前も格好良かったねえ」
「何かあったっけ」
「この前の練習試合、見させてもらったでしょ」

 ふたりは今、中庭のベンチで並んで昼食をとっている。3年生に進級したときにクラスも別れてしまい、前に比べて会話の機会は減った。放課後の木暮は日々部活に勤しんでいるし、なかなか予定も合わせづらい。それでも日々の交流は持ち続けたいと、昼食だけは必ずふたりで食べるよう約束しているのだ。

「公ちゃんはいつでも格好良いよ」
「ありがとう、でもあの日はそんなに活躍してなかったような気もするけど……」

 これは決して謙遜という訳ではない。事実として、先の日曜に行われた練習試合に木暮の華々しい見せ場はなかった。

 前半の終わり頃にコートへと向かい、体力の落ちてきた部員が回復するまでの時間稼ぎを行いはした。他のメンバーが遠慮なく動けるように、地道なサポートに徹していた記憶は確かにあった。

「シュートを決めたとかプレイが魅力的とか、そういうことを言ってるんじゃないのよ」
「バスケを見に来たのにか?」
「私が見に行ったのは公ちゃんのバスケだよ、いつだって縁の下の力持ちでそれを当たり前みたいにこなしちゃう公ちゃんを見ていました」

 ニコニコと笑う少女が、まるで宝物を見せびらかすかのように誇らしげに語る。しかも話されているのが自身のことであるぶん、妙に照れくさくて頬を掻いた。

「公ちゃんはいつでも真っ直ぐで、夢に向かって走ってて、それでいて自分の役割をとても器用にこなすので、そこが大好きだなあと思いました」
「作文みたいになってきちゃったな」
「いいよ、書こうか?公ちゃん作文」
「書かれるより言ってもらったほうが嬉しいかも」

 どこからかルーズリーフとシャープペンシルを取り出してきた手をそっと制する。小さな手を上から握りこむような形になったのを、また喜んでいる声が聞こえた。ああ、この子はほんとうに俺のことが好きなんだろうな。木暮はしみじみと思う。

 そこで木暮は己の手で握りこんだまま、なまえの手をそっと持ち上げた。そしてそのまま己の手のひらに載せるように握りかえる。

「好きってたくさん言ってくれるところが、俺も大好きだよ」
「うわあ、両想い〜!」
「知らなかったか?」
「知ってます!」

 感極まった小さな身体が、そのまま木暮の胸に飛び込んでくる。受け止めるように背中に手を回すと、すっぽりとすべて覆えてしまった。

 この先もこうやって、些細なことで話し合って笑いあって。ずっとふたりでいられたら幸せだろうな。そう思いながら、真下にある背中を見つめていた。