ありえない


水軍館に着くと、協栄丸さんも出先から戻ってきていた。鬼蜘蛛丸くんと一緒に報告に向かう。

「おう、おつかれさん!鬼蜘蛛丸もありがとな!で、何かわかったか?」
「へい。尋ねてはみたんですが向こうも◯◯町という町は知らないようでした」
「そうか。いや、俺の方もわからずじまいでなあ」
「そうですか…」
「すまねぇなあ」

申し訳なさそうに頭を下げる協栄丸さん、慌てて顔を上げてもらう。

「そんな、謝らないでください」
「遠方にも品を出してる得意先にも聞いたんだがよお、どこも心当たりはねぇと」

あたりはなし、かあ。困ったな、本当にわたしどこに来てしまったんだろう。鬼蜘蛛丸くんが言いにくそうに進言する。

「役所は宿舎で預かっても構わないと」
「宿舎ぁ?あんなところに女一人預けられねぇよ」
「でも協栄丸さん、いつまでもここにお世話になるわけにはいきませんし」
「だがここを出たってどうしようもないだろ」
「わたし一人でもなんとかやってみます、歩いてればそのうち家も見つかるかもしれませんし」
「んなこと言ってもなあ。一人は心細いだろう」
「でも…これ以上ご迷惑は」
「なーにみずくさいこと言ってんだ!いいか日向、一度手を差し伸べたら最後まで面倒見るのが兵庫水軍よ!へんな遠慮はするな、家が見つかるまでここにいてくれていいんだぞ」
「きょ、協栄丸さん…」

なんていい人なんだ。思わず胸がじーんと熱くなる。

「そのうち見つかるだろうさ、それまではここを家だと思ってゆっくりしてってくれよ!」
「そうじゃそうじゃ、ゆっくりしていけ」
「あ、ありがとうございま…ん?」

なんか今変な声入ってなかった?
はっと横を見れば、な、なんと、

「お、おばあさん!」
「なっ、なんだ?!」

なんとあのあんこうみたいなおばあさんがわたしの横に座っていた。い、いつの間に!協栄丸さんも鬼蜘蛛丸くんも目を丸くする。慌てて鬼蜘蛛丸くんが護身の刀に手を伸ばす、がそれよりおばあさんの動きの方が早かった。

「おっとあぶない」
「あっ!」

ぱしっと鬼蜘蛛丸くんから刀を掠め取ったおばあさんは部屋の隅っこでにーっと笑う。

「ひょっひょっひょ、まだまだじゃのう若いの」
「あんた何者だ!?」
「わしか?そこの女子をここに運んだ者じゃよ」

ぴっと指された先にいるのはもちろんわたし。協栄丸さんたちはまた目を丸くする。

「どういうことだ?」
「この女子は未来から来たんじゃ」
「はっ!?」

驚きが止まらない。何言ってるの。咄嗟にあの夢がフラッシュバックする。「ここは…大昔の…」いや違う、あれは夢だ、現実じゃない。

「いくら家を探してもこの時代に◯◯町はないよ」
「な…」
「夢で伝えてやったんに、あんたあちこち探し回るからの。こうしてわざわざもう一回出てきてやったんじゃ」
「だ、ってあれは本当に夢で…!…じゃ、じゃなくてわたしの町がないって…」
「なあに心配しなさんな。前にも言ったじゃろ、あんたの時間は止まっとる。地蔵さんに力が戻れば戻れるからの」
「ち、ちから?…!」

不意に袂に入れていたお地蔵さんが温かくなったような気がした。そっと手で押さえるとそれを見たおばあさんは優しく笑う。

「お、おい!どういうことなんだ!?」

協栄丸さんが問いかけるとおばあさんはまた元の悪戯な笑みに戻った。

「まああんた達も人助けだと思って良くしてやっておくれ。この子は害を生むような子じゃないからの」
「それはわかっているが、未来から来たのなんだの、あんたはなにを言ってるんだ!」
「そのままの意味じゃよ、この子はこの時代に神隠しされた娘じゃ、大事にしなされ」
「…神隠しだと?信じられん」
「ほっほっほ、信じる信じないはお前さん次第じゃ。ただもう一度言っておくがの、この時代にこの子の家はない。地蔵さんに力が宿るまで安心してお過ごし」

そういうなりおばあさんは部屋を飛び出した。その素早さたるや、鬼蜘蛛丸くんが咄嗟におばあさんの着物を掴もうとするがその時すでに庭に躍り出たおばあさんはそのまま軽々と塀を乗り越えていった。残されたのは遠くに響く笑い声と、わたしたち三人。呆然としたままおばあさんが去った方向を見つめていると、はじめに我に帰った協栄丸さんがすくっと立ち上がる。

「日向」
「はっ、はい」

がしりと肩を掴まれる。

「お前、未来から来たってのは本当か?」
「えっあの…」

協栄丸さんのまっすぐな目に体がこわばる。み、みらい?そんなのわたしだってわからない、たしかにここにきてから自分のいた町とは違うところがいくつもあって、それはどれも昔の日本みたいだな、なんて思ってもいた、でもまさか本当に過去の世界だなんて。そんなこと起こるわけない、でももし本当にそうだとしたら…いろいろなことに合点が行く。むしろ、その方が自然なんだ。
いやでも、やっぱりそんなのありえないよ。

「わか、りません…」
「…いいか日向、確認するがお前は何年何月何日の◯◯町からきたんだ?」
「え、えっと…」

答えた年月に協栄丸さんが訝しげな顔をする。

「お前の言ってることが嘘だとは思わんが…」

そうして協栄丸さんの口から告げられたこの世界の年号に驚愕する。それって、たしか、わたしの歴史の記憶が正しければ、

室町時代とかの、年号、だよね。

そんなこと有り得ないってば、だってわたしただ海に落ちて陸に上がっただけだよ。ちょっと流されてしらない町にきてしまっただけ、だから家がないなんてことは有り得ない、今一回寝てみて、目が覚めたらベッドの上でした夢でした、なんてことだってありえる、ううんもうそれしかない、家がないなんて、ここが今から600年近く前の世界だなんて、そんなこと有り得るはず、が、

「あっおい日向!」

慌てたような協栄丸さんの声、ふらりと遠のく意識。だって、そんな、こんなこと絶対有り得ない。

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