大人だね
「日向さんですか?」
はっと振り返ると見知らぬ男の人。緑ががった髪に、義丸くんくらいの年齢だろうか。そうですと返せば安心したように笑った。
「はじめまして、鬼蜘蛛丸と言います」
「あ、義丸くんが言ってた…」
「え、ヨシの奴がなんか言ってましたか」
「あ、いえ、日向です」
お互い頭を下げる。顔を上げて鬼蜘蛛丸くんを見上げる。背、高いな。義丸くんも高いと思ったけど、鬼蜘蛛丸くんはそれ以上に高い。なんて思っていたら行きましょうと言われ慌てて意識を戻す。
洗濯が終わったと協栄丸さんに報告しに行ったら、関所までの案内をつけるから門のところで待っててくれと言われた。ら、やってきたのが彼、鬼蜘蛛丸くん。義丸くんの話では若衆の中では一二を争うやり手、なんだったかな。
「ヨシのやつ…。俺なんかまだまだですよ。兄貴達には敵いません」
照れ臭そうにしながらも謙虚な鬼蜘蛛丸くん。関所についてきてくれるのも航海の届けを提出しに行くためらしく、船に乗ってる一番若い人のお仕事、いわゆる使いっ走りですよと笑っている。
「若い人は大変だね」
「下積みも大事なことですよ。大変じゃないと意味がありませんから」
そう言ってみせる鬼蜘蛛丸くん、別に格好つけてるとかではなくごく自然なことですよという感じだ。すごい、大人だなあ。そんな風に考えられるなんて、なかなか大人でもいないよ。
「わたしもお仕事がんばらないとなあ」
「その前に家を見つけないといけませんよね」
「そうだった。わたしの家どこに行ってしまったんだろう」
「ご家族も心配されてるでしょう」
「そうだね、何の連絡もしてないまま一泊しちゃったからなあ」
「旦那さんに怒られませんか?」
「旦那さん?」
びっくりして思わず足が止まる。なんで結婚してることになってるのわたし。
「旦那さん…いない…」
「えっ…あっ…すみませんおれ…」
「い、いいの気にしないで…」
わたしもダメージを負い、鬼蜘蛛丸くんも「やらかした」って感じになってしまった。き、気まずいムードだ。何か話題を変えよう。
「あ、えーっと…そうだ、義丸くんから四功?のことを教えてもらったんだけど、鬼蜘蛛丸くんはどの役につくの?」
「え…おれですか?」
義丸くんはたしかかぎやく?だったかな。一番花形だけど危険な役って言ってた、なんでそんな危ない役なのと聞けばモテるからだよ、と。冗談なのか本気なのかわからない。
「おれは…山立です」
「やまだち?」
「山立っていうのは、潮や風の流れを読んで舵の方向を伝える役のことです」
ふむふむ、つまり航海士みたいなポジションなのかな。かぎやくよりは危険じゃなさそうだけど、責任重大な役ってことには変わりないし、なにより風や潮ってよめるものなのだろうか。わたしには無理だろうな。
「経験がものをいう役なんですけど、いまの山立の兄貴は本当にすごくて…読みも絶対外さないし、指示も的確で、俺もあんな風になりたいんです」
鬼蜘蛛丸くんは照れ臭そうにはにかむ。謙虚なだけじゃなくて向上心まであるのか、お姉さん感心してしまうよ。
「ただ最近は船の上で風をよむ練習をしすぎて、陸の上だとちょっと気分が悪いんです」
「えっなにそれ、大丈夫?」
「今は平気なんですが…たまに」
練習のしすぎが故、船の上の方が慣れてしまって陸酔いすることがあるらしい。
「停泊中の船には乗ることが許されてるんです」
「なるほど…あんまり無理しすぎないでね」
熱心すぎるのも大変なんだなあ。陸酔いなんて初めて聞いた。でも海の男にしたら名誉なことなんだそう。うーん、どうなんだろうか。
その後もたわいもない話をしながら道を進む。気まずい空気は見事打ち払えた、よかったよかった。途中、休憩を兼ねて鬼蜘蛛丸くんが持ってきてくれたおにぎりを頬張り、またしばらく歩いてようやく関所に到着。
「じゃあ俺届けを出すのと一緒に聞いてきちゃいますから、少し待っていてください」
「あ、わたしも行くよ」
なんとなく心細くて、鬼蜘蛛丸くんの後について関所、に足を踏み入れる。見た目はお屋敷みたいな感じなんだ、中は…やはり着物を着た人々でいっぱいだ。鬼蜘蛛丸くんは慣れた様子で中を進み、受付っぽい人に話しかける。それからまた別の部屋へ。中には立派な着物を着たおじさん。鬼蜘蛛丸くんをみるなりにっと笑う。顔見知りらしい。
「鬼、今回も無事に帰ってきたな」
「へい、おかげさまで全員無事に帰還しやした。こちらが今回の航海日程です。確認を」
お役人さん、も慣れた感じで鬼蜘蛛丸くんが持ってきた届け物を見ている。届け物っていうのは、つまり、あのくるくるするやつ、いわゆる巻物だ。役人さんは横においた半紙に筆でさらさら書き込みながら、やがて巻物と半紙に判を押して半紙の方を鬼蜘蛛丸くんに手渡す。
「はいよ、たしかに」
「ありがとうございます」
あ、もう終わりなのかな?
「それで、少しお聞きしたいことがあるんですが」
「ん?なんだ」
「◯◯という町をご存知ありませんか?」
そこでようやくお役人さんが隅っこに座っていたわたしをみる。
「なんだ、奴だった女子でも助けてやったのか?」
「いえ、彼女はただの迷子で、水軍で保護したんです。この辺りの方じゃないようで、彼女の町を探しているんですが」
「はあ、そうかい。◯◯町ねえ、きいたことねぇなあ」
役人さんは立ち上がり後ろの棚からいくつか巻物を取り出した。そのうち一つを広げる、どうやら地図らしい。一頻り見渡すもわたしの町はないらしく首を傾げる。
「お嬢ちゃん、あんたの町は◯◯って名前なのかい」
「は、はい。港町なんですが」
「港町ねえ。協栄丸さんには尋ねてみたのかい」
「はい。お頭もご存知ないと」
「協栄丸さんがしらねぇとなると相当遠い町なのかね。あんたいったいどうやってここまできたんだい」
海に落ちて流されました、というものの納得していない様子。協栄丸さん同様潮の流れでそんな遠くからはこれねぇと思うんだけどなあ、と。
新しい半紙に◯◯町、日向と名前が書かれる。
「◯◯って名前が耳に入ったらすぐ知らせるよ」
「ありがとうございます」
「ところであんたいま水軍館に世話になっているのか?家がないってことなら宿舎で預かってやってもいいが」
宿舎という言葉に隣に座っていた鬼蜘蛛丸くんの肩がぴくりと反応。宿舎、ってことはやっぱりここは警察みたいなところなのか。一時的にでも預かっていただけるなら水軍館でいつまでもお世話になるより公的なところにいた方が良いのかもしれない。
「一度戻ってお頭に報告します」
「そうか、まあそれがいいかね。協栄丸さんによろしくな」
「へい、失礼します」
「お嬢ちゃんも早く家見つかるといいな」
「ありがとうございます」
そうしてわたし達は関所を出た。鬼蜘蛛丸くんはいただいた証書を袂にしまいながら、ちょっと残念そうな顔をしている。
「家、わかりませんでしたね」
「うん…でも、協栄丸さんも伝手を当たってくれるってことだったし、そっちに賭けよう」
「そうですね」
「にしても宿舎かあ。水軍館を出たらそこにいけばいいんだね」
「うーん、まあそうと言えばそうですけど…」
鬼蜘蛛丸くんはなぜか複雑そうな、煮え切らない表情をしている。さっきも反応してたけどどうしたんだろう。
「何か問題あり?」
「日向さん宿舎ってご存知ないですか?」
「え、…うん、よく知らない」
「宿舎っていうのは浮浪者みたいな奴も一緒くたになってるんです。常に見張りがいるわけでもないし、すすんで若い女人が入るところじゃないですよ」
「そ、そうなんだ…」
宿舎こわいな。ちょっと行きたくないけどいつまでも館にお世話になるわけには行かないしなあ。どうしたものか。
「とりあえず館に戻りましょう。お頭も帰ってきてる頃でしょうから」
「うん、そうだね。鬼蜘蛛丸くんありがとう」
俺はなにもしてませんよ、そう言って笑う鬼蜘蛛丸くんはやっぱりいい子だと思う。というか水軍の人たちみんないい人。協栄丸さんの影響かな、そうなんだろうな。いい人たちに拾われて良かった。拾われたっていうかただ預かってもらってるだけだけど、うん、まあ悪い人じゃなくてよかったなあ。
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