子どもに泣かれる


「よし、洗濯完了!」

はたはた洗濯物が風に吹かれる。これだけの量、圧巻だなあ。全部洗濯するつもりが半分くらいは義丸くんが片付けてしまった。

「ごめんねわたし手際悪くて…」
「いいよ気にしなくて、元々俺の仕事なんだから。手伝ってくれてありがとね」

いくら出航中の洗濯物だとは言え、毎回この量を一人で洗濯するのだろうか、だとしたら相当大変だろう。手際が良くなるのも頷ける。
他にも炊事とか掃除の仕事があるって言ってたけど、それも少人数でやってるのかな。人手が必要なら微力ながらお手伝いしたい。

「えー、休んでていいのに」
「ううん、お世話になったから。まだお手伝いできることあるかな」

真面目だなあってまた言われた。そんなことないよと言いながら母屋の方に歩いていけば、ふとちっちゃい影が視界の隅っこを横切った。

「ん?」
「あ、重」

足を止めたわたしたちを柱の陰から見つめるのは幼稚園くらいの男の子。隠れているつもりなのだろうか、柱から体半分だけ出してじっとこっちを見つめている。かわいい子だなあ。

「どうした重」

義丸くんが近づいて行くと慌てたようにわたわたする。それからわたしの方を見ながら義丸くんの着物の裾を引っ張る。しゃがんだ義丸くんが男の子から何かを耳打ちされると、こっちを振り返って何か言っている。男の子、またこっちを指差して何かひそひそ。男の子の方に向き直った義丸くん、よくよくみると肩が震えている。
やがて戻ってきた義丸くんは案の定笑うのを我慢している顔である。

「ふふ…っ、あいつ、ふふ…日向さんに言いたいことがあるんだって」
「え、なに?」
「ふふふっ、きいてみてよ」

なんなんだ。男の子の方に向き直る。ばちりと視線がぶつかり、男の子の肩が跳ねた。怯えさせないよう笑顔を浮かべながら、優しく問いかける。

「えっと、こんにちは」
「……」
「あのー…なにか、わたしにご用かな?」

そういえば男の子はカッと目を見開いて柱から飛び出してきた。あっと思うより早く目の前に走り出てきた男の子は息をいっぱい吸うと、

「ぬれおなごにしげのみよにいはやんない!!!」

びりびりっと肌が震えるようなかなりの大音量。子どもってこんなに大きな声だせるのか。そう感心するくらいの大声で叫んだ男の子はまた柱の陰に隠れてしまった。思わず耳を抑えた手はそのままに、ぽかんと男の子をみつめる。義丸くんは隣で大笑いしている。なんだそれ、なんだ「しげのみよにい」って。舳丸くんのこと?なのか?じゃあこの子は舳丸くんの弟?全然わからないけどたぶんそんなとこらだろう。とりあえずわかるのはこの男の子がわたしのことをよく思っていないということだ。
柱の陰からこっちを恨めしげに見つめる目。ここにきてから一番はっきり敵意が現れている。ちょっと動いたり話しかけようとすればふーっと威嚇されてしまう。どうしたものか。
と、そこに大声を聞きつけた館の人々が、ぞろぞろ出てきた。なんだどうしたと出てきては見慣れない顔のわたしと柱に隠れる男の子を交互に見比べている。それからわたしに剣呑な目を向けてくるのだからたまったものではない。なんなんだ一体この状況は、義丸くん笑ってないでなんとかして。

「あの、なんだかよくわからないけどたぶん君は誤解しているよ。わたしは舳丸くんをどうこうするつもりはなくて」
「うそだ!!!みよにいのことゆーかいした!!!」
「嘘じゃないよ、誘拐もしてない。ただ町まで案内してもらっただけで」
「しげのみよにいなんだぞ!!ぬれおなごなんかにはぜったいあげない!!」

ぎゃんぎゃんと吠え掛かる男の子、勢いに飲まれたのか途中から涙がこぼれてしまっている。小さい子を泣かせてしまった、いやでも誤解だし、けれど説得しようにも話がうまく通じない、周りからの視線も痛い、まさに修羅場って感じだ。だ、誰か助けてください。

「はー、重。この人の言うことは本当だよ」

ようやく復活したらしい義丸くんが男の子の傍に寄り添う。頭をポンポンしながら言い聞かせるが、男の子はしゃくりあげてますます泣き散らす。

「よしにい、やだ、みよにいいなくなっちゃやだぁあああ」
「いなくならないって、舳丸はちゃんと館にいるだろ」
「うわぁぁぁあああ、みよにぃぃ」
「よしよし、大丈夫だからな。みんなすみませんね、この人は本当にただの迷子で、正真正銘の人間の女。ヌレオナゴなんかじゃありませんよ」

男の子をあやしながら義丸くんが周りの人にわたしのことを説明してくれた。ざわざわしていた観衆のみなさん、そのうち一人が訝しげな顔をしながらも問いかける。

「ヨシ、本当なんだろうな」
「本当ですよ。お頭から一泊の許可ももらってる。礼にって洗濯の手伝いまでしてくれましたよ」

ほれと指された先にはさっき干したばかりの洗濯物群。そこから次いで向けられ続ける視線にとりあえず頭を下げて、自己紹介をする。

「は、じめまして、日向と言います…、迷子になっているところを舳丸くんたちに助けられまして、ここに一泊させていただきました…。でも、みなさんに危害を加えるつもりは毛頭なくて、あの、その、騒ぎを起こしてしまってすみませんでした」

ぺこりと頭を下げる。間違いなく過去最悪の状況での自己紹介だ、絶対みんな警戒心むき出しの顔しているであろう。いつまでも頭を下げたままでもいられず、恐る恐る顔を上げるとなぜかみなさん警戒心を解いた顔。え、なんで?

「なんだよそれならそうと早く言ってくれよな。警戒しちまったじゃねぇか」
「え、あの」
「お頭の許可もあるってんなら俺たちもとやかく言わねぇよ」

そ、そうなんですか?お頭の力すごすぎません?わたしが言うのもあれだけど、もう少し疑うとかしなくていいんですか。

「迷子っつったな。館に泊まったってことはまだ家がわからないのか?」
「あ、はい…協栄丸さんがお力を貸してくれて、今探してるところです」

さすがお頭!優しいなぁ!なんて声があちこちから上がる。大丈夫だろうかこの人たち、お頭って言葉にちょろすぎて少し不安になってしまうぞ。

「お頭も協力してるってんなら安心だな!すぐ家に帰れるさ、大船に乗ったつもりでいろよ!」
「あ、ありがとうございます」
「日向さんだったか?悪いな大人数で脅かしちまってよ!」
「いえそんな…」
「大人数じゃなくてもお前の顔はこえぇよ!」
「なんだとこのやろう!」

わっはっはと笑う水軍の皆さん。な、なんだこれ、一触即発の雰囲気が一気に歓迎ムードになった。と、とりあえず友好的な感じになれた、のかな。よかった…じゃなくて、さっきから突き刺さる視線が痛い。唯一いまだ向けられる敵意の視線、まぎれもなく義丸くんの影に隠れる男の子のもの。彼はお頭って言葉を出してもわたしを警戒している様子。困ったな、と頭を悩ませていると、そこに聞き覚えのある声が飛んできた。

「重!」
「み、みよにぃぃぃ!!!」

走ってきたのは舳丸くん。騒ぎを聞いてきたのだろうか、その姿を見るなり義丸くんの腕からすり抜けてしげ?くんも走り出す。ふたりの距離が縮まる、そして感動の抱擁。とはならずごちん!としげくんの頭に拳骨が落ちた。そのげんこつは勿論舳丸くんによるもの。すごい音したぞ。なにが起こったかわからないという顔のしげくん、頭を抑えてふらふら後ずさる。

「み、み、みよに…」
「バカ!あの人はただのまいごって言っただろ!」
「だ、だって…しげ…」
「だってじゃない!ちゃんと謝れ!」

ぽろぽろ重くんの目から涙が溢れる。か、かわいそう。だけど舳丸くん容赦がない、無理やりわたしの方に向き直らせる。

「重、謝れ」
「う、う、だってしげわるくな…」
「重」
「う、うああ…ごめんなさいぃぃ」
「い、いいよいいよ気にしてないから!」

気迫がすごい。鬼気迫るものがある。舳丸くんの迫力に若干わたしもびびりながら慌てて首を振る。ひぐひぐしゃくりあげる重くんはそのまま別の水軍の人に連れていかれて、他の人もやれやれと散り散りに。いつのまにか取り残されたのはわたしと義丸くんと舳丸くんの三人。一息ついたところで舳丸くんが頭を下げた。

「すみません。重が失礼を」
「あ、ううん、本当に気にしてないよ。大丈夫」

子どもに泣かれ集団の前で敵意を向けられるって最悪の居心地を味わったけど、ここで「許さないわ」なんて言った暁には重くんにどんな不幸が降りかかるかわからない。大人の優しさだ、ここは首を振っておこう。

「おれとあなたが一緒にいるのを見て誤解したんだと思います。めいわくかけてすみませんでした」
「そうだったのか…。あ、でも、そんな謝らないで。実際そう見えてても仕方ないところはあったというか」
「重にはおれからもう一度きつく言っておきます」
「い、いや…もう十分じゃないかな…」

舳丸くん、かなりストイックだな。自己にも他人にも厳しいタイプなんだろう。聞けば重くんは水軍で一番幼いらしく、みんなの弟分として可愛がられてる反面、特に懐いている舳丸くんのことになると聞き分けがなくなってしまうらしい。みたところまだ幼稚園くらいだし、仕方ないところもあると思うけど当事者の舳丸くんは容赦ないな。
にしてもあんな風に敵意向けられるのは初めてだ。それもあんな小さい子に。よっぽど重くんは舳丸くんのことが好きなんだろうな。そういえば舳丸くんはちょっと面食らった顔になる。それからふいとそっぽを向いてしまった。あらら、照れてるのかなこれは。

「…あいつはまだ甘ったれですし」
「小さいし仕方ないよ」
「兄貴を取られるって思ったんだろうな〜」

なるほど。不安になってしまったんだな。

「ヌレオナゴってのも疾風の兄貴から聞いたんだろう。それでいてもたってもいられなくなってメンチ切りにきたんだろうね。ごめんね日向さん許してやってね」
「すみませんでした」

改めて頭を下げる舳丸くん。ほんとに気にしないでいいからね。

「義丸くんもありがとう、庇ってくれて」

どういたしましてー、ニコニコ笑う義丸くんにちょっと疑問が浮かんだ。目敏く感じ取ったらしい義丸くんがなあに?と首を傾げる。

「その、義丸くんはわたしのこと怪しいやつだって思わないの?」
「だって日向さんから悪意感じられないもん。兄貴たちだってはじめは警戒しただろうけど、本当に日向さんが何か悪いことをしでかすとは思ってないと思うよ」

なんでそう言い切れるんだろう。

「兄貴たちは長年培った勘、てやつかな」
「義丸くんは?」
「俺は女の人の嘘とほんとがわかるからさ」

そう言って笑う義丸くん。苦笑いするしかない。

「それにさ、さっきも言ってたけどお頭の人を見る目は確かだよ。館に置くことを許したってことは俺たちに危害を加えるような人間じゃないってお頭が判断したってこと。俺たちはお頭の判断を信じる」

調子は変わらないけれど、そういう義丸くんの目はまっすぐで、協栄丸さんを信頼してるってことが伝わってくる。舳丸くんも、他の水軍の人たちも。協栄丸さん、おおらかでいい人だなあと思ったけれど本当に人格者なんだろうな。

「日向さんもそんな硬くならなくていいからさ。家見つかるまで仲良くしようね」
「あ、うん。こちらこそ」
「家が見つかっても仲良くしてね〜」

手を取られてぎゅーっと握られる。相変わらず距離が近いね。

「兄ぃ、あんまり見境なく手を出さないでくださいよ」

呆れたように言う舳丸くん。いや無表情なんだけど、声に呆れが含まれている。わたしは苦笑い、義丸くんはいたって真面目な顔である。舳丸くんのが年下だろうに、そんなこと言われちゃっていいのか。

「そうだぞみよ。もうちょっと兄貴として俺を見習えよな」
「船に乗ってる時の兄ぃはそんけいしてます」

あ、義丸くんちょっと嬉しそう。感動してるんだな。でもそのあとの「陸にいるときは別ですけど」って言葉に舳丸くんを追いかけ回していた。仲よしだなあ。

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