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今日はやたら洗濯物が多い。というのも沖に出ていた船が戻ってきたから、だそうな。海上にいる間は水も貴重だから、そうやすやすと洗濯もできない。結果帰って来てから大量の洗濯物を洗うことになる。朝から洗濯物の山を洗い続け、終わった頃にはすっかりお昼時。遅めの昼食をいただいて干した洗濯物をたたむ、これもまた時間がかかるな〜未来なら乾燥まではぴっ、だけなのに。文明の進化はすごいですなあ、なんてやってたら疾風さんに呼び出された。
「ほれ、やるよ」
「え」
「今日は特に量が多かったろ。頑張ったな、褒美だ」
渡されたのはお饅頭だった。疲れてるときに甘いもの、かなり嬉しい。ちょうどお手伝いも終わったところだから部屋で食べよう。居候のお手伝いでお小遣いとかお饅頭とかもらってたらいつまでたっても徳は積めない気もするけど、まあ今は置いておこう。疾風さんにお礼を言って部屋に向かう、その途中ばったり舳丸くんに出くわした。
ぺこりと頭を下げる舳丸くんに会釈を返す。お団子の一件以来、舳丸くんとの関係はきわめて良好だ、たぶん。少なくとも気まずい空気にはならなくなった。
髪の毛が濡れてる、泳ぎの練習でもしていたのかな?そう尋ねれば弟分に泳ぎを教えていたのだという、なるほど兄役も大変だ。
ふと手に持っていたお饅頭の存在を思い出して、二つあるしどうせなら一緒に食べようか、そう誘おうとした矢先、
「みよにぃっ!!」
かなり大きな声にわたしの声がかき消された。振り返れば黒髪の男の子。この子、宴会の時にわたしを見てた子だ、あんまり友好的ではない目で。あの後もちょくちょく視線を感じたけど、近づくと逃げるのでまだ話せたことはない。ただ遠くから見ててもいつも舳丸くんの近くにくっついてて、相当舳丸くんに懐いているんだなってことはわかった。
「重」
「みよにぃ、重とあそぼ!」
たたっと舳丸くんのところに駆け寄ったしげ?くんは、そのまま舳丸くんの腕を掴む。
「俺はこのあと飯当番だからだめだ」
「ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」
ぐいーっと腕を引っ張るしげくん、舳丸くんはやれやれといった感じだ。兄弟みたい、微笑ましいなーなんて思っていると突然重くんがこっちを向いてくわっと吠え掛かった。
「ぬれおなごはあっちいけ!」
……え?なんか今聞き覚えのある罵り文句を言われませんでした?さっきまでの穏やかな気持ちは吹っ飛んで、呆然と重くんを見つめる。
「こら重!」
ぽかりと舳丸くんが重くんの頭を叩く、が重くんひるまない。
「みよにぃはおれのあにきなんだからな!」
「あ、え、うん、そうね」
「おれのみよにぃなんだからっぬれおなごにはぜったいあげない!」
「ぬ…ぬれおなご…」
「わかったか!」
「は、はい…」
べーっと舌を出してそう言い放った重くん、ぬれおなごって久しぶりに聞いた、この時代に来たばかりの時疾風さんがわたしをそう呼んでたなあ、おばけって意味で。今はおばけっていうか悪意ある言葉として使われてるんだろうが、わたしなんでこんな敵視されてるんだろう、舳丸くんを奪うなんてそんなこと考えてるように見えたの?こんなちっちゃい子に敵視されるって結構精神的にくるわよ。貼り付けた笑顔すら震える、は、は、はと途切れ途切れな笑いしか出せない。どうすればいいかわからず饅頭片手に立ち尽くしていると、
「重!」
ぱーんと小気味良い音。はっと意識を立戻らせると手を振り抜いた舳丸くんと尻餅をつく重くん。重くん、た、たたかれた?父さんにも殴られたことないのに!みたいな感じになってる。み、舳丸くん容赦ないな。
「日向さんは客人だぞ、失礼なことをするな」
「だ、だって!」
「もう泳ぎ教えてやらないからな」
「なんで!みよにぃ、やだ!」
重くん泣くんじゃないかと思ったけどすぐ立ち上がって舳丸くんに縋り付く。慣れてるのか、逞しいな。そして舳丸くん相変わらずストイック、重くんには構わずわたしに向かって頭を下げる。
「すみません、重が失礼を」
「い、いいよ気にしてないよ」
慌てて首を振る、その間にも重くんはやだやだと駄々をこねて舳丸くんの腕を引っ張る、ああやめたほうが、また叩かれちゃうぞ、なんて思ってる間に二発目。い、言わんこっちゃない…。また小気味良い音がして重くんその場にうずくまる。
「いい加減にしろ」
「う、う…」
とうとう泣き出した重くん、舳丸くんは微塵も動じずにまたすみませんでした、と謝る。ここで「許さんぞ」なんて言った暁には重くんがどんなに目あうかわからない、一貫して気にしてないよと言い続ければ舳丸くんは最後に深々頭を下げて踵を返す。置いていかれた重くんは慌ててそのあとをついていく、途中一回振り返って涙目で睨まれた、ああ、そんな目されてもわたし何もしてない…。
「つらい…」
「あれは重が悪いよ〜」
「よ、義丸くん」
びっくりした、背後から急に出てこないでください。
「見てた、の?」
「重のでかい声が聞こえたからね、何事だと思って見に来たんだけど。いつものことだったな」
「いつも?」
「重は舳丸のことになると見境なくなるから。よくあるんだ嫉妬すること」
そういえば宴会の時にも聞いたなあ。
「舳丸くん懐かれてるんだね」
「あいつ面倒見いいからなあ。まあ日向さん気にしないで、そのうち慣れるから」
そうはいったもののそれ以降ますます重くんのわたしをみる目は剣呑になった。お手伝いしていてもどこかしらから視線を感じるし、舳丸くんと話そうものならすっ飛んで来て「みよにぃあっちいこ!」とか「およぎおしえて!」と来たものである。あからさまなその態度にそのたび舳丸くんも叱るけど効果なし。怒られることよりわたしに取られることの方が嫌らしい、むしろ怒られてるときは幸せそうにすら見える。重くんぱねぇ。
でもさすがにここまでされると辟易してしまうなあ。なんとか仲良く、は無理でも普通に話せるようにはならないだろうか。
「いっそ舳丸くんとは一切口ききません!とか宣言すればいいんですかね?」
「それで納得するかね」
「しないだろうなぁ」
お夕飯時、隣に居合わせた疾風さんと由良四郎さんにそう聞いてみたものの、やはり納得いく展開にはならなさそうだと言われてしまった。
「重はそんな人見知りするようなやつだったか?」
「いや、若い乙女子だからなあ、慣れてなくて接し方がわからないんじゃないか」
お、乙女子なんて言われちゃった。これでも20歳はすぎてるんだけど、お、乙女だって、うふふ、悪い気はしないね。
そうかあ若い女の人だから照れてるのかな?あんまり接したことないタイプの年代だろうし、水軍には女の人もいないから恥ずかしいのかな、そうかそうか。それなら毎日ヌレオナゴだのなんだの言われるのも納得…できないけど。
「ならよぉ、その若さを捨てて母親っつー立場で接してみるのはどうだ?」
「は、母親?」
「母性よ母性」
「まだちぃせぇしなぁ、母ちゃんが恋しい歳だろ。そこで日向が母親役っつって重に接してやんのよ」
突然の母性。若さを捨てろって乙女子と真逆じゃないですか。それにわたし子どもなんていないから母性って言われてもよくわからないんですけど。具体的にどういうことですかと問えば疾風さんなんかくねくねしだした。なんだその動きは。
「こうしとやかにしてなあ、しげぇ〜かあちゃんのおっぱい飲みな〜つってな!」
「ガハハ、そりゃあいいな!」
わっはっはっはと大笑いする二人。…わたしは相談相手を間違えたらしい。「アリガトウゴザイマシタ」と膳を持って席を移動しようとすると、冗談だ冗談と笑いながら引き止められる、ちょうどそのとき目の前に重くんが通りかかった。重くんはわたしに気づくとあっかんべーをしてすぐさま舳丸くんの隣へ。ねぇ泣いていいかな。
「おお…こりゃ相当だな」
真面目になった声が逆に辛い。ようやく真剣になってくれたらしい疾風さんたち、あーでもないこーでもないと話し合うもののなかなか結論は出てこなくて。結局これといった策も出せず、俺たちの方からも重に言ってみるからよ、ということで一時解散となった。
あんまり周りから言われても逆効果なんじゃないかな、意識させすぎてますます嫌われるのでは、一抹の不安を抱きながらとことこ部屋に戻る。今日も遠くから子どもの笑い声が聞こえてくる、たぶんお風呂に入っている重くんたちの声が響いているんだろう。
舳丸くんといい、なかなか子どもと仲良くなるのは難しいんだなあ。これまで小さい子に接してきたことあんまりなかったから余計にどう対応すればいいかわからない。舳丸くんのときは壁を作らず、変な遠慮をなくしたらうまくいったんだっけ…重くんは壁を作るとか遠慮するとか以前に普通に話すことすら困難だからなあ。一度落ち着いて話せる機会があればいいんだけどな、まああの様子じゃ無理だけど。なんて思っていると、その日は案外すぐやってきたりするのだった。
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