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相変わらず重くんはわたしに対して敵対心ばちばちのまま、依然としてまともに会話することもできなかった。そんな状態が幾日か過ぎた日、いつも通り洗濯物をしているところに蜉蝣さんがやってきた。

「重くんが風邪?」
「舳丸に世話を頼んであるが、入り用があれば日向も様子を見てやってくれ」

わたしと重くんの関係性なんて知れているだろうに、あえてわたしに頼んでくるあたり蜉蝣さんぱねぇっす。他の兄役達は仕事があるらしく、付きっ切りではみてやれないとのこと。舳丸くんも仕事があるから、要はその間暇なわたしが面倒見てやってくれということだ。確かに暇は暇なんだけど、わたしでいいのか。
言ってる間に蜉蝣さん陸酔いが来たらしく真っ青な顔になってた。大丈夫かな。

「うっ…じゃ、じゃあ頼んだぞ」

蜉蝣さんはおぼつかない足取りで去って行った。洗濯物を干しながらうーんと考える。頼まれた以上ちゃんとやる、やりたいけど…お前の顔見たら余計気分悪くなった!とか言われないかなあ。そこまで言われたらさすがに立ち直れない。とか思いながら、厨房で受け取った桃をお見舞いに、とりあえず様子を見にいく。

「こんにちは〜…」
「あっぬれおなご!」

そろりと襖をあけると、布団の上で体を起こしていた存外元気そうな重くん、目敏くわたしを見つけるなり破顔した。相変わらずヌレオナゴ呼び、隣にいた舳丸くんが重!って一喝するけど効き目はみられません。もういいや、慣れました。

「かぜうつしてやる!」

げほげほとわざと咳をする重くん、いつも通りの生意気っぷり、本当に風邪引いてるの?わーやめてよーといいながら桃を渡すときらきらっと目が輝いた。ぺろりと桃を平らげると、「あにきむかしばなししてー」とせがんでいる。

「一つだけだぞ。聞いたらすぐ寝ること、いいな」
「うん!」

横になった重くんはワクワクした様子で目を瞑る。舳丸くん相手だとこんなに素直なのになあ。また後で着替えを届けにくるね、と声をかけて部屋を後にした。案外元気そうでよかったなあ。そこまでひどいことも言われなかったし。
さて、一度仕事に戻ろう。洗濯物を畳んで、それぞれの部屋に届ける。それから館と庭の掃除、終わる頃にはいつも日が傾いている。ふー、1日あっという間だなあ。
一通り済んだところで、重くんの着替えと手ぬぐいをもって、またそろそろと襖を開ける。と、中にいた舳丸くんがこっちをみた。

「重くん、具合どう?」
「今は寝てます。まだ熱は下がってません」

音を立てないよう部屋に入ると、布団に寝かされている重くんの苦しそうな息遣いが聞こえてきた。昼までの元気はなりを潜めている。

「すごい汗…一度着替えようか」
「はい」

新しい手ぬぐいをぬるま湯に浸して、重くんの体を拭く。どこもかしこも熱い。手早く着替えをすませ布団に寝かせる。と、ちょうど夕飯の準備の時間らしい、舳丸くんが申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません、重を頼みます」
「うん、いってらっしゃい」

舳丸くんは重くんをじっと見つめた後、一礼して部屋を出ていった。改めて重くんに向き直る、と、ぱちりと重くんの目が開いた。

「あっ重くん」
「…みよにぃ?」

ぼんやりした目でこちらを見る重くん、舳丸くんが部屋から出ていったのを察したと言うのだろうか、すごいな。おそるおそる重くんの顔を覗き込む、なんでぬれおなごなんだ!なんて言われるかな、と思ったけど、重くんはぼーっとしている。熱も高いし、わたしが誰だからわからないのかな。

「舳丸くんはご飯の準備に行ったよ」
「……」
「重くん、お水飲める?」

水差しを差し出せばゆっくりそちらを見やる。存外素直に頷いてこくりこくりとこれまたゆっくり水を飲むと、また重くんがぼんやりした目でこっちを見た。

「…大丈夫?」

手ぬぐいを新しくして重くんの顔を覗き込むと、突然その目が潤んだ。え、と思う間もなく重くんが布団から飛び出だしてくる。ぼとりと手ぬぐいが布団に落ちる。がっしり飛びつかれて思わず硬直したわたしの耳元に、えぐえぐと嗚咽が聞こえてきた。

「し、重くん?」
「あぅ…う、…かあ、ちゃん」

重くんを受け止めた手がピタッと止まる。母ちゃん?わたしのこと?おそるおそる重くんの背中を撫でてやると強い力でしがみつかれた。

「かあちゃ、さむい…くるしい…」

やっぱりわたしのことお母さんだと思っているらしい。それに寒いって、体、こんなに熱いのに。相当熱にやられているんだろう、ひっくひっくと涙を零す重くん、布団に戻そうにも重くんはかなり強い力でひっついていて、わたしはどうしようもなく重くんの背中をさするしかできない。なんとか掛け布団を引き寄せて重くんを包むと、重くんは胸元にぐりぐり頭をこすりつけてきた。

「ひっく、かあちゃん…かあちゃん…」
「重くん、大丈夫だよ、すぐ良くなるからね」

そう言い聞かせながら背を摩っていると、しばらくしてすうと寝息が聞こえてきた。熱だし泣いたし疲れたよね。静かに布団に寝かせて汗と涙を拭いてやる。時々うわごとのように「かあちゃん」とか「みよにぃ」って口にする重くん、見ていて胸が切なくなる。手ぬぐいを代え、布団から出ている手を戻してやると、きゅっと握られた。あれ、と思って手を引きぬこうとするけど、抜けない。重くんは依然苦しそうに寝ている、無理矢理抜くのも憚られるし、しばらくは手を繋いでいてもいいかな。意識が戻ったら怒られそうだけど、まあ、いいかそれでも。手を握り返すと、心なしか重くんの表情が穏やかになった気がした。…ふあ、とりあえず、落ち着いたかなあ。




「…日向さん」

はっと目を覚ます。慌てて体を起こすとお盆を脇に置いた舳丸くん。いつの間にか眠ってしまっていたらしい、わあごめんと口元を擦る。よ、よだれ垂れてないよね。

「粥と、日向さんの夕餉を持ってきたんですが…重はまだ寝てますね」
「あっ…うん」

重くんはまだ目を覚まさない。ただ呼吸はさっきよりも幾分か穏やかになっている。繋がれた手は今度はするりと抜けた。
一通り身を清めてから部屋を出る。ありがとうございましたと頭を下げる舳丸くんに首を振ってわたしも夕飯をいただく。なんとなく離れでご飯を食べながら、重くんの様子を思い出す。かあちゃん、って言ってたなあ。そりゃそうか、まだあんな小さいし、お母さんが恋しいのは当たり前だ。風邪で気弱になってる時ならなおさら、ただわたしとお母さんを間違えるなんて相当しんどかったんだろうな。ふと思い出して、文机に置かれたお地蔵さんに手を合わせる。重くんの風邪が早く治りますように。

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