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重くんが風邪をひいてから五日。お地蔵さんへのお祈りが通じたのか、元来の回復力なのか、重くんすっかり元気を取り戻しました。

「みよにぃおよぎにいきたい!」
「まだ病み上がりだろ、明日な」
「えーもうへいきだよ!」

熱に泣いていたくらいだし、実際かなり具合悪そうでみんな心配していたけれど、数日したら見事回復。生来の回復力に加えて舳丸くんの看病と鬼蜘蛛丸くん特製の薬膳粥のお陰だろう。よかったよかった。
今ではわがままを言って舳丸くんを困らせるくらいに元気になった、そして何より、わたしと重くんの間柄も随分と変わったのです。

「じゃあひなた、おはなし!」

舳丸くんに大人しくしてろと言われた重くんはわたしの方に向き直って昔話をせがんでくる。
これも、重くんがわたしをお母さんと見間違えたことが始まりだった…んだと思う。重くんが熱に泣いた次の日、目を覚ました重くんは、なぜかわたしをちらちらみながら煮え切らない表情をしていた。しかししばらくすると何かを決意したような顔でわたしのことを「ひなた」と呼んだのだった。
名前で呼ばれたことなんてもちろん初めて、わたしも舳丸くんもかなり驚いてしまった。熱に浮かされて記憶が飛んだのか頭がおかしくなったのか、動揺しながらも聞いてみると重くんはさっぱりした様子で話してくれました。以下その時の重くんと舳丸くんとの会話をお送りします。

『ゆめでかあちゃんにあった』
『重のお母さんにか?』
『うん』
『何か言ってたのか』
『あのね、かあちゃん、よわいものいじめはしちゃだめだって。だからぬれおな、じゃなくて、ひなたは重のこぶんにしてやるんだ!』
『は?』
『重のこぶんにすればよわいものいじめじゃないもん!』
『お前何を言って』
『いいか、ひなた!ひなたは重のこぶんだから、重のいうこときくんだぞ!』

…以上、回想終わり。重くん、わたしをお母さんだと間違えたこと夢だと思ってるのかな。たしかに弱いものいじめ云々のことは言ってないし、実際夢とまぜこぜになってる部分もあるのかもしれないなあ。
弱いものいじめダメ=子分にするって発想も、仇敵を子分にするっていう発想もなかなかなるほどとはならないけれど、とりあえずわたしは重くんの中で子分ってポジションに落ち着いたらしい。舳丸くんに必要以上に近づかない、重くんの命令には従う、いろいろ制約はあるけれど前のガン無視目の敵よりかは遥かにマシ、ちょっぴり生意気な弟の遊びに巻き込まれたって感じだ。舳丸くんはいい顔をしなかったけれど、つまりは甘えてくれてるということだし。今もこうして昔話をしてあげると興味深そうにふんふん聞いてくれている。

「ひなたのおはなしおもしろいー」
「重、日向さんだろ」

舳丸くんがぴしゃりと言うけれど重くんどこ吹く風。子分にさん付けはしないもん、だそうだ。重くんらしいな。
そういえば重くんとの関係が良好なものになって、変わったことがもう一つ。

「しーげー!」
「みよにぃー!」
「…ひなたさん、こんにちは」

がらがらっと襖を開けて入ってきたちっちゃい子達。重くんと同年代の弟分、航くん、間切くん、東南風くんだ。てててっと寄ってきた弟分のみんなは重くんの周りに集まる。

「しげかぜなおった?」
「もううみいける?」

ぐいぐい話しかけていく、ちっちゃい子が増えると一気に部屋の雰囲気が明るくなるね。

「もう1日は様子を見るからダメだ」
「えーみよにぃ!しげとはやくあそびたい!」
「うみいかないとしげがひからびちゃう!」
「そんな簡単に人は干からびないぞ」

舳丸くんのマジレスにも関わらず間切くんは濡らした手ぬぐいでぐいぐい重くんの顔を拭いてあげている、というか湿らせている。

「まぎりやめて!つめたい!」
「しげがひからびちゃうもん」
「みよにぃつまんないよー」

小さい子たちが海に行くときはお目付き役をつけること、水軍のルールの一つ。だから舳丸くんが重くんの看病をしている間、そうやすやすと海には行けないのだ。

「しげもつまんないよね?」
「しげはひなたのむかしばなしきいてたよ」
「えっいいな!」
「ひなたさんおれもきくー!」

ぱっとこっちを向く六つのキラキラした目。残念がったり驚いたり期待したり。ころころ変わる表情は面白いし、ちょこんと正座する姿はとてもかわいい。水軍のお兄さん達にも可愛がられているし、弟がいたらこんな感じなんだろうな。わくわくしながら待ってる四人、さてなんのお話をしてあげようかな。

「…そこで一寸法師は、おにのお腹を針でちくちくっと刺しました」
「でやーー!!」
「うあーやられたーー!!!」
「まだまだぁー!」
「お前たち静かにしろ!」

…という具合に、昔話一つでかなりの盛り上がりを見せている。ちなみにこの盛り上がり、クライマックスだからというわけではなく、お話の冒頭、おじいさんおばあさんが一寸法師を授かるところから同じテンションである。子どもの力すごい。
と、こんな感じで、重くん以外にもちっちゃいお友達ができたのだった。



「すみません日向さん、重たちが失礼を」
「いいよーお話聞いてもらうの楽しいよ」

話を終えて、重くんの着替えを洗濯場まで持っていくのに舳丸くんが付いてきてくれた。重くんは話をしている間に寝落ち、他の子達は別の兄役の人達が引き取ってくれた。
舳丸くんは体を動かすっていう面ではちっちゃい子達の絶好の遊び相手であり良きお兄ちゃんなんだけど、お話とか内向的な相手をするのはまだちょっと苦手らしい。だから安静にしていないといけない重くんにお話を聞かせてあげるって点ではわたしも結構お役に立てたと思う。

「みんな海好きなんだねえ」
「水軍ですからね。訓練でもしょっちゅう行きますし。…日向さんは子どもがお好きなんですか」
「ん?うーんそうだね、水軍の子はみんないい子だし好きだなあ」

そうなんだ、水軍の子、に限らず水軍の人はみんないい人だからなあ。重くんも出会いから暫くは結構最悪な感じだったけどこうして仲良く?なれたし。子供特有のわがままはあるけれど決して悪い子じゃないよね。

「重が外部の人に懐くのは珍しいです」
「あはは、だろうなあ」
「大抵の人は重の頑なさに折れて仲良くなるのを諦めます」
「は、はは…」

笑え、る、よね。うんもう笑い事だよ。わたしも半分折れてたなんて笑い事だ。

「重くんと仲良くなれたのは夢のお母さんのお告げのおかげだけどねえ」
「…たしかにそうは言っていましたが」
「ん?」
「日向さんの思いが伝わったんだと思います」

え、と舳丸くんの方を見る。なんてことないいつも通りの表情。笑いも照れも揶揄も見えない。おそらく本心なんだろう、でもわたしの思いなんて、たしかに仲良くなりたいって思ってたけど、そんなことをさらっと口にする舳丸くんに何故だかわたしの方が照れくさくなってしまった。
とさりと籠をおく。運んでくれてありがとうーとお礼をすると舳丸くんいえ、これくらい、と謙遜。相変わらず真面目な男の子だなあ。

「ね、さっきの話なんだけどね、重くんが治ったらわたしも一緒に海に行ってもいいかな?」

ついでにちょっとお願いしてみた。この時代に来た日以来、海にはいっていない。でもこんな近くに海があって、みんなよく行くっていうならわたしもちょっと行ってみたい。海好きだし。それで前は痛い目見たけど気をつければ大丈夫でしょう。

「構いませんが…」
「わーやった!ありがとう!」
「また海に落ちないでくださいね」
「落ちないよ!」

ふっと舳丸くんの口元が緩む。思わずえ、と動きが止まってしまった、え、今舳丸くん笑った?瞬きする間に舳丸くんは元の表情に、でも、あれ、今笑ってたよね?なんてやってる間に俺も仕事に戻りますと行ってしまった。は、はいと口を開けたままその姿を見送る、て、あれ?もしかしてわたし揶揄われた?え、舳丸くんて冗談とか言うんだ、じゃなくて、笑うところ初めてみた、驚き強くて言葉が出てこない。
…うわー、なんだか嬉しいなあ。

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