ちょっと未来の物語
あれは…?由良四郎さん、疾風さん、義丸くん、鬼蜘蛛丸くん?建物の陰に隠れてこそこそ何かを見ている。訝しげにその様子を見つめていると、視線に気づいたのか義丸くんがふと振り返った。わたしの姿を認めても焦るわけではなく、むしろニコニコ顔で手招き。なんだ?
「何してるの?」
「いいからいいから」
小声で呼ばれ近づいていくと義丸くんの指差す先、角を曲がったところには舳丸くんがいた。頭にはてなを浮かべると尚くいくいと指さされる。ちょっと頭を動かすと、舳丸くんの向こうには女の子がいた。落ち着かない様子で俯いている、え、あ、そういうこと?
「やるなあみよのやつ」
「あの女子なかなか見る目がありますね」
「舳丸のやつどうする気だろうな」
にたにた、お兄さん方とても楽しそうである。野次馬だな〜でもわたしもなんだかドキドキしてきちゃったな〜舳丸くんも青春してるじゃん、頑張れ女の子!
「あのっ、これ…よかったら食べてください…!」
おお、とこっちで小さく歓声が上がる。手作りの差し入れだろうか、差し出された手が震えているのがここからでもわかる。女の子緊張のあまり倒れそう、わたしたちもどきどき、さあさあ舳丸くんのお返事は!?とじれったく待っていると、暫く無言だった舳丸くんが徐に口を開いた。
「…すみませんが、他人が作ったものを食べることはできません」
……えっ?
「え…あっ…」
「気持ちだけいただきます」
い、一同ガーンである。女の子だけじゃなくわたしたちも呆然である。みるみる間に女の子の目に涙が溜まる。そのままポロポロと泣き出してしまった女の子に対して、仕事があるので失礼しますとストイックに言う舳丸くん。ちょ、そ、そりゃないよ。もうちょっと優しい言葉をかけてあげるとか、断り方というものが…。
心の中で非難していると、くるりと踵を返した舳丸くん、あ、やば、こっちくる、なんて思ってる間に見つかってしまった。固まるわたしたちを一瞬驚いた目で見つめた後、舳丸くんは深くため息をついた。
「…何してるんですか」
「な、なんだほら、何事かと思ってよぉ」
「い、いやー、みよも隅に置けねぇなあ」
「義丸の兄貴ほどじゃないです」
言うなり舳丸くんはちらりとこちらを見た。え、な、なんですか?じっと見つめられても非難されてるようにしか思えなくて、繕うように苦笑いすると、舳丸くんはまた深くため息をついて去っていった。な、なんだ?
未だに角の先からは女の子の泣き声が聞こえる。ああ、かわいそうに、勇気を出して呼び出したんだろうになあ。
「じゃあここは俺が慰めてきますよ」
そう言って出て行こうとする義丸くんを疾風さんと鬼蜘蛛丸くんが有無を言わせず館に引っ張っていき、そのままその場は解散となった。
洗濯物を畳みながらさっきの光景を思い出す。舳丸くんと同い年くらいの女の子だったなあ、髪も声も綺麗でたぶん可愛い子だったろうに。うーん、でも舳丸くんは外見より中身に重きを置きそうなタイプかな?にしても手作りの差し入れなんて愛情こもってて良いじゃないか、たしかにちょっと抵抗あるっていうのもわからないわけではないけど、あれは流石に冷たくないかなあ。好意を寄せてくれたら人なんだから、そんなに邪険にしなくてもいいと思うけどな。
「邪険にはしてませんよ」
「わっ!?み、舳丸くん…いつのまに…」
背後からかけられた声に体が跳ねた。振り返れば呆れ顔の舳丸くん、なんで考えてることわかってしまうの。
「口に出てました」
「え、うそ…」
今の全部聞かれてた?あらら、やってしまいましたね…気まずくてまた苦笑いすると舳丸くんは無表情で「失礼します」と部屋に入ってきた。な、なにか御用?
「どうかした?」
「日向さんにお話ししたいことがあってきました」
「え…な、なんでしょう」
気まずいこと聞かれた後にお話ってなんだろう、できれば苦笑いでこの場を流して誤魔化したかったけど許されそうにないし、大人しく正座した舳丸くんに向かい合う。
「さっきのことですが」
「あ、は、はい」
訥々と舳丸くんはさっきの件について話し始めた。まず、水軍はよく知らない人から貰ったものを簡単には口にしないこと。これは一般常識と言えば、そうね。義丸くんとかなら大喜びしそうだけど、舳丸くん差し入れに飛びつくような子じゃないし。次に、仕事の最中無理やり呼び出されたこと、これは舳丸くんの性格からしたら確かに気に触るかもしれない、真面目だし。仕事中、しかも無理言って引っ張り出されたなら穏やかではないだろう。そして、余計な期待をさせないようしっかり断る必要があったこと。変に優しくしてこじらせるのも互いのためにならないから、あえて突き放したそう。
う、うーん、なるほど。わたしよりよっぽど思慮深かったわけですね。すみませんでした。
「で、あの…なんでその話をわざわざ…?」
「誤解してると思ったので」
「あ、うん、ごめん…でもちゃんと誤解は解けたよ」
「そうではなくて」
「え?」
「おれが、女性に興味がないと思ってるんじゃないかと」
じょ、…え?なんで?
「そう思われているなら、訂正しておきたかったので」
「そんなこと思わないけど…」
舳丸くんだって年頃の男の子だし、女の人のこと好きになることくらいあるんじゃないか?まあ確かに舳丸くんなら第三協栄丸さんと仕事しか目に入らないから、って理由が考えられなくもない、けど…それは今否定されたし、やっぱり舳丸くんも健全な男の子ということでしょ、そしてあの女の子は残念だけども舳丸くんの琴線には触れなかったということ。わざわざ伝えに来るってことはもしかして既に好意を寄せる女性がいるってことか?
「舳丸くん好きな人いるの?」
ふと尋ねてみたらぴたっと舳丸くんの動きが止まった。
「…どうしてですか?」
「うーん、ちょっと気になって」
「どうして」
「え、どうしてって…」
「なんで気になるんですか」
そ、それってお前には関係ないだろ首突っ込んでくるなってことですか。余計なことを聞いてしまったかと思わずたじろぐと、す、と向けられたその視線は今まで見たことのないもので、どうしてか舳丸くんから目が離せなくなった。その視線は決して険しいものではなくて、まっすぐわたしを射抜く、まるでなにかを訴えかけているような。ただ生憎と目の動きで相手の心を読むなんて芸当わたしにはできない。ただただ舳丸くんと見つめ会うことになる。
しばらくして、ぱちり、舳丸くんの目が瞬いた。
「…おれにも好いてる女性くらいいますよ」
あ、やっぱり。いるのね。
若干緩められた雰囲気に少しだけ肩の力を抜く。
「そうなのね」
「日向さんです」
「へー、日向さん…です?」
なんて?
「日向さんが好きなんです」
「ひ、…あ、町に日向さんって子が」
「あなたです」
「…え、え………え?」
口をあんぐり開けたまま、放心。頭がぐるぐる。3分くらいしてからはっと我に帰る、ものの舳丸くんは以前真面目な顔でこっちを見ている、震える指で自分を指差すと、しっかり頷く舳丸くん。
「み、舳丸くん」
「はい」
「舳丸くんは年上が好きなの?」
「そういうわけではないです」
「あ〜うん…そうか。あのね、こんな年上好きなってもいいことないよ」
「損得で好いたわけじゃありません」
「うん、そうね…舳丸くんはそういう子じゃないけど…でもね、町にはもっと若くて可愛い子がいるよ。舳丸くんと歳の近い子もいるし」
「そうですか」
「そうですかって…」
「おれはあなたが好きなんです」
「うん、わたしが舳丸くんの物理的に一番近くにいる女の人だったからね。水軍には男の人ばかりだし、彼らと比べて違う部分に惹かれるし、そこが好きってことなんじゃないかな」
「兄貴達に向けてるのは家族愛でしょう。異性として好いているのは日向さんです」
「うん、だからそれは一種の相対効果というか」
「…日向さんはおれが熱に浮かされてると言いたいんですね」
そうですその通りです。
「舳丸くんにはもっとお似合いの子が」
「じゃあ紹介してください」
思わずため息が漏れてしまった、さすである舳丸くん、己を曲げないね。ついでに苦笑いをこぼすと鋭い瞳で射抜かれて、何を言っても無駄ですって態度全体で伝わってくる。
「誤魔化さないでください」
「誤魔化してないよ。…ただわたしは舳丸くんの気持ちには答えられない」
「…」
「ごめんね」
舳丸くんが言ってた相手に余計な期待をさせないって、こういうことか。まさか即実践することになるとはなあ。さすがに一回り下の、成人もしてない男の子とそういう関係になるわけにはいかないよね。第一わたしこの世界の人間じゃないし、責任取れない。こっちの事情を言えるわけでもないけれど。
深々頭を下げるものの、そう言ったところで舳丸くんの表情は変わらない。むしろわずかに口角が上がった気がする。
「構いません」
「あ、あの…」
「そういえば明日はおれと日向さんが買い出し担当ですが」
「あ、じゃあ別の人に代わってもらって」
「明日、よろしくお願いします」
「え、でも」
告白して振られて、それで次の日二人で買い出しって気まずくない?のか?いいの?と聞けば舳丸くんはこくりと頷いた。
「言いましたよね、好意を寄せてる人間は邪険にするなって」
「え、い、言いました…けど」
「嘘なんですか?」
「う、うそじゃないです、けど」
どさどさっと兄役の皆さんがなだれ込んでくる。お、おいおい…さっきの今で懲りないですね…。
それさっきも聞きましたよ。
あっこれ覗きは良くないっていう牽制かな?なるほどね。
冗談でも教訓でもなんでもないですから。俺は本気です。さっきの話ですけど、問題はおれが子供すぎるってことでしょう。五年、待っていてください。あなたを振り向かせてみせます、
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