14
「疾風さん?」
「ひっ日向〜」
風が冷たい。寒さに耐えながらお手洗いに行った帰り、廊下に縮こまる影が一つ。まさか、幽霊?そんなベタな…と思って近づけばそれは疾風さんでした。
「どうしたんですか?」
「かっ厠に…」
「厠?いかないんですか?」
「変な物音がしたんだよ!!」
半泣きである。変な物音って、ああ。
「そういえば疾風さんお化け嫌いなんでしたね」
「お化け好きな奴がこの世にいんのか?!アァ!?」
逆ギレされてしまいました。うーんたしかに怖いのはわからないでもないけど、疾風さんの剣幕と大声の方がよっぽど迫力あると思うけどな。昼間はびしっと厳しい海の男!って感じなのにお化け嫌いとは可愛らしいところもあるんだなあ。そういえば出会ったときにもヌレオナゴ!!って相当怖がってたな、懐かしい。びくびくと相当ビビった様子の疾風さんを刺激しないように話を聞くと、お手洗いは済ませたらしい。けどその帰りに使われていないはずの部屋から物音がした、と。
「ネズミか何かですかね?」
「館にはネズミなんかいねぇよ」
「隙間風?」
「にしちゃあでけぇ音だった」
「じゃあ見てみましょうか」
「バッカお前呪われるぞ!!」
どうしろうと。とりあえず件の部屋の前までやってきたが、それらしい物音はしない。しーんと静まり返っている。聞き間違いでは?と思うが背中に張り付いている疾風さんはもし曲者だったらぶっ飛ばしてやると警戒を解く様子がない。うーん、人の背中にぴったりくっついたまま言ってもあんまり頼り甲斐ないけどなあ。ただこのままじーっとしていてもらちが明かないよなあ。苦笑いしながらどうしましょうか、と尋ねかけたそのとき、
ギシッ
「!」
びっくぅ!と疾風さんの体が跳ね上がる。がしぃっと腕を握る力が強くなった。
「いっいっいま…!!」
「いたたたた疾風さん痛い」
がたがた震える疾風さんの体、ミシミシ言ってる私の腕。確かに何か聞こえた、畳を踏むような?首をかしげると、
ギシギシッ
「ヒッ!!!」
また物音。同時に腕からさらに嫌な音。持ってかれるぞこれは。
「痛い疾風さん痛い!」
「バカヤロウ大声出すな!!!」
あまりの痛みに声を上げればそれ以上の剣幕で怒られた。だからその声の方がビビりますって!ていうかやっぱりこれ中に誰かいるんじゃ?人の気配とかわからないけど、さっきのって畳を踏む音だと思うんですが。
「開けてみましょう」
「やめろ呪われる!!」
「じゃあ誰か呼んできますか?」
「俺を1人にするな!!」
「ど、どうしろと…」
困ったなあこのままここにいるだけじゃ埒があかないぞ。でも開けようとすると半泣き半ギレで止められるしなあ、うーん怖いのもわかるけど、ここは疾風さんを説得するしかないかな。
「疾風さん、開けずにそわそわしてるより開けて何もなかったよかったーの方がすっきりしますよ」
「開けて何かいたらどうすんだよ!」
「大丈夫です、2人でいれば怖くない!」
「こえぇよ!」
開き直っている。
「それに、お、俺は男としてお前を守る義務があるんだ…危ない目にはあわせられねぇ…」
とってもかっこいいこと言ってるけど、だから人の手に縋り付いてるようじゃ以下略。
「ここは他の人たちもいるし、もし何かあっても叫べばすぐ誰かが来てくれますよ」
「だがよ、万が一お前がお化けにとり殺されたら俺は悲鳴すらあげられない自信があるぞ」
「物騒なこと言わないでください、そしてせめて疾風さんは逃げてください」
「無理だ。死ぬ。だからそこを開けるのはやめろ」
堂々巡りだ。ふああ、もういいや、わたしもいい加減眠くなってきた。ぐだぐだ言っている声に背を向け、障子に向きあうと疾風さんがおい、何してんだやめろと不安げな声をかけてきたがもう聞こえません。私は私の睡眠時間が大事だ。開けますよ?いいですか?と返事を求めない確認をして障子に手をかける。案の定やめろー!!!と制止をかけられるがもう遅いです。スパーンと力強く障子を開いたその先、部屋の中は真っ暗。疾風さんひーーーっと声を上げるが、ん、あれって。
「蜉蝣さん?」
「…はっ?」
「あ…?うっぷ…!」
そこにいたのは真っ白な顔をしたお化け…ではなく、真っ青な顔をした蜉蝣さんだった。思わず3人見つめあうが、すぐに蜉蝣さんは頬袋を膨らませて俯く。慌てて側により背中をさすってやるけど、うーん、これは…
「陸酔いですか?」
「ぅっぷ…」
げっそりした顔で頷く蜉蝣さんにほーっと息がこぼれた。やっぱりお化けじゃなかったのか。どうやらへんな物音は蜉蝣さんがふらふらしていた足音だったらしい。
「にしてもなんでこんなところで?」
「うっぷ…兄貴がこんなんじゃ…下のやつらに示しがつかねぇだろ…おえっ」
なるほど、面子というやつか。兄役故に陸酔いでグロッキーなのを下の子達に見せたくないということらしい。だから厠の近い、使われてない部屋でひっそりげろげろしてたそうだ。うーん、涙ぐましい努力だ。お化けじゃないとわかりすっかり元気を取り戻した疾風さんはふんっと鼻を鳴らしている。
「情けねぇなあ、そんなんで四役狙ってるとは笑わせるな」
「うるせぇ…疾風お前がビビってた声はよーく聞こえてたぜ」
「んだと!?」
そりゃああれだけ大声出せば中にも聞こえていたでしょうね。
「元はといえばテメェがこんな紛らわしい真似するからだろうが!」
「だからって女子に泣きつくたぁ海の男の風上にもおけねぇよ」
「現在進行形で吐きまくってるお前に言われたかねぇな!」
深夜にも関わらずヒートアップしていくやりとりを見守るしかできない。どっちもどっちだと思うけどなあ。にしてもそろそろ本気で眠い。蜉蝣さんには悪いけれど、部屋に戻ってもいいだろうか。
「おい日向!お前はどっちがマシだと思ってんだ!」
「えっ…」
こっそりお暇しようと思ったら突然話を振られた。どっちがマシって、ええ…、わたしが決めるの。そんなの選べないし選びたくないよ。
「ちっとビビってるくらい、所構わず吐きまくるやつに比べたら幾分もましだろう?」
「海水スプレーがありゃあいいんだ、いもしねぇもんに怖がって腰抜かすやつよりもいいに決まってるよなぁ?」
「う、うーん…」
どっこいどっこい、どんぐりの背比べ、とでもいいましょうか。本当に、あまり良くない意味で甲乙つけがたい。やってる間にも蜉蝣さんは桶におえっぷしてるし、疾風さんは外からの物音にびくっとしてる。
「私は嫌いなものの一つや二つあってもおかしくはないと思いますよ」
「ほ、ほらみたか!お化け嫌いくらい可愛いもんだろ!…ヒッ?なんだ今の音!?」
「陸酔いも海の男の証拠なんですよね」
「そうだ、よくわかってんじゃねぇか!…おぇ」
ならもういいじゃないか。全然陸酔いの治る様子のない蜉蝣さんがなんだか可哀想になってきた。とりあえず蜉蝣さんのために海水スプレーを取ってこようとすると俺を置いて行くな!!と疾風さんが縋ってきた。困ったなあ。
「すぐに戻ってきますよ」
「本当か!?帰ってこいよ!?」
「蜉蝣さんも放って置けないし、ちゃんと帰ってきますから」
「戻ってこなかったら明日、覚えとけよ…!!」
だからそんな呪いみたいなこと言わなくてもちゃんと戻ってきますって。苦笑いしながら海水スプレーを取りに行く。早く帰ってきてあげよう。
「…いっちまった」
「…まあ、いいじゃねぇか。俺がいるだろ…げほっ」
「お前がそんな状況じゃちっとも安心できねぇよ…クソ…」
「……にしても日向、いい娘だな」
「あ?」
「俺の陸酔い…前の女には情けねえって言われてな…」
「…俺も幽霊嫌いが元で女と別れたっけな…」
「…日向は優しいなあ」
「…そうだな」
「…悪かったな、疾風」
「はっ?んだよ…急に」
「…おえっぷ」
「お、おい大丈夫か?」
「ああ、すまんな…おえっ」
「…ったく、俺こそ、悪かったよ」
「…ああ、気にしてねぇよ」
「戻りましたー」
「おう」
「あ、ありがとよ…うぷっ」
帰ってくると何故か2人は落ち着いていた。海水スプレーをかけてようやく落ち着いた蜉蝣さんは、疾風さんと憎まれ口を叩きながらもなんだか仲よさそうに部屋へと戻って行った。なんだ、やっぱり仲良しなんだなあ。…わたしも部屋に戻って寝ようっと。
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