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「あっ日向さん!ちょうどいいところに」
お風呂上がり。大分涼しい季節になったなーなんて夜風に吹かれながらてくてくと廊下を歩いていると、もう夜もいい時間だけどなんだかとっても盛り上がってるみたいですね。一際騒がしい一室からひょっこり義丸くんが顔を覗かせた。ぱちっと視線が合うと義丸くん途端にニッコリ顔。なに?と首を傾げるもいいからいいからと手招きされる。
「おっ日向!いいところにきたな!」
中に入れば疾風さんが声をかけてくれた。その声につられて振り返ったのは由良四郎さんと鬼蜘蛛丸くん。相当お酒臭いけど、若衆のみなさんで一体何を?
「これだ。やったことあるか?」
「サイコロ?」
見ればサイコロ2つと小さい笊…籠?かな?サイコロは前に重くんたちが双六で使っていたのを見たことがある。うーん、これはたぶんだけど、丁半博打ってやつかな?
「お前も乗ってけよ」
「えっわたしも?」
「義丸が一人勝ちしててなあ」
「へー義丸くん強いんだね」
「へへっ、今日はツキがあるみたいですね」
へらっと笑うけど目はマジだ。こういうゲーム好きそうだよね、なんとなくだけど。どうやら負けた人がぐい呑一杯、のルールらしい。金品かけるよりは健全だけど、だからこんなにみんな酒臭いのか。すでに何本か空けたらしく、周りには空の酒瓶が転がっている。
「日向酒飲めたよな?」
「そんなに強くはないですよ」
「兄貴、女子にも同じ条件でやらせるのはちっと酷じゃあねぇですか?」
せっかく誘ってくれたのに断るのもなぁと考えていると、鬼蜘蛛丸くんがそう進言してくれた。参加することは前提なのね。ただ負けた時だけとはいえ、ぐい呑一杯でもそれなりの回数飲んだら酔っ払うのは目に見えているからなあ。酩酊することはないと思うけど、実を言うと若干心配でもあった。
それもそうかと疾風さん達も頷く。じゃあどうする?明日の朝飯賭けるかとか、夕餉の魚を賭けようとかいろいろ出てくるが、義丸くんがすっと手をあげる。
「日向さんとデート一回」
「は?」
「さあさ張った張った!」
待ってよそれ誰も得しない。誰が喜ぶの義丸くん。聞く耳持たずサイコロを振った義丸くんの肩をガクガク揺らしているうちに、何故か丁!だの半!だの声が飛んで来た。
「疾風さん、由良四郎さん、なんで乗るんですか」
「たまには女子とゆっくり過ごしてもいいだろ」
「男所帯だから癒しが欲しいんだよ」
「鬼蜘蛛丸くんまで!」
「まーまーいいじゃないですか。俺が勝ったら団子奢りますよ」
そりゃ君たちはいいかもしれないけどさ、私の意思は?今度は鬼蜘蛛丸くんの胸ぐらを掴んでがくがく揺さぶるけど鬼蜘蛛丸くんも何処吹く風。微笑んでさえいる、こりゃ相当酔ってるな。呆然としていると義丸くんがにやにやしながら「日向さん、怖いの?」などと煽ってくる。
「怖い?」
「乗り気じゃないみたいだけど、賭けに負けるの怖いんでしょ」
「…」
「まっそりゃそうか。俺の運に勝てるわけないもんね」
はっはっはっと鼻高々に笑う義丸くん。自分でも単純だと思う、でもそういうこと言われっぱなしで済ませられるほど私は大人ではない。転がっていた酒瓶をがちゃがちゃとどかして座る。義丸くんがにやっと笑った。
「やる気になった?いいんだよ逃げても」
「バカ言わないで」
誰が逃げるか。きっと籠を睨む。日向さんって負けず嫌いだったんですね、と鬼蜘蛛丸くんが笑いながら呟いて、戦いの火蓋は、今まさに、切って落とされたのだった。
「にゃはははははっ私の勝ち〜〜〜!」
「なん、だと…!?」
1時間後、すっかり上機嫌で私はぐい呑に口をつけた。一方のみなさんは顔面蒼白、呆然と正座している。そりゃそうだ、私に21連敗中なのだから!どうやら天は私に味方してくれたらしい、あんな理不尽な条件つけられたら当然か。あれほど自信満々だった義丸くんの鼻もばっきりと折ってやれて、大分満足である。最初の頃はなにくそもう一回!と吠えかかっていたけれど、徐々にその気も削がれてすっかり萎れている。うーん、ちょっとやりすぎたかも?いやでも勝負ふっかけてきたのはそっちだからね。こういうのを自業自得というのだよ。
「兄貴達、まだ起きて…日向さんまで」
「みっ舳丸〜〜〜!!」
「俺たちの仇をとってくれ!!」
「もうお前しかいねぇ!頼む!」
「…何言ってんですか?」
不意に障子を開いたのは舳丸くんだった。いい加減うるさいと言いに来たのだろうか、若干眉を寄せていたけれど開けるなりお兄さん達に泣きつかれるものだから困惑している。ははは、悪いけど君のお兄さん達はぼこぼこにさせてもらったよ。女子をなめるとこういう目にあうのだ、わかったかね。
「舳丸くんも肝に銘じときな」
「…日向さんも相当酔ってますね」
やれやれと舳丸くんが肩を落とす。まあ確かに勝つにつれて気分も上がり、その辺の酒瓶何本か空けたけど。それがなんぼのもんじゃい。こんなに散らかして、とがちゃがちゃと瓶を片付け始めた舳丸くん。義丸くんが舳丸〜〜とまた泣きついた。
「日向さんを負かしてくれっこのままじゃ水軍の面子が!」
「賭け事で負けて弟に泣きつくくらいの面子なら潰れた方がいいと思いますよ」
「そういうこといってんじゃねぇよ〜」
ごもっともである。理不尽な賭け事だったのは舳丸くんもお見通しらしい。取り合おうとしない舳丸くんを見て、義丸くんは不満げに口を尖らせた。
「兄貴が頼んでるってのによ〜冷てぇなあ」
「しょうもないことに弟を使わないでください」
「…ははーん、さては舳丸お前怖いんだな?」
っておいおいそれさっきも聞いたよ。ぴくっと舳丸くんの肩が跳ねた。
「…怖い?」
「日向さんに勝てる見込みないから逃げてるんだろ」
「…」
「あーあー海の男が聞いて呆れるなぁ女子に負けるのが怖いだなんて」
だから、そういう煽りは真面目で冷静な舳丸くんには、
「…いいでしょう」
効いてしまうんだな、これが。
瓶を捨て置いてどかっと座り込んだ舳丸くん。鋭い目でこちらを見つめている。あれ、この状況もなんかデジャヴを感じる。そうこなくっちゃな!と先程のしおらしい様子は微塵も感じさせない義丸くんを筆頭に、やっちまえ!仇とってくれ!と盛り上がるお兄さん方。なんだよ私が悪者みたいじゃないか。ふっかけてきたのはそっちなのに。…まあいいでしょう、勝負の女神は私に味方してくれている、舳丸くんとはいえ一捻りしてあげようじゃないか!きっと視線が交わって、サイコロか転がった。
「…頭痛い」
ちゅんちゅんと鳴く雀の声。体を起こす前からガンガンと頭が割れるように痛い。見事な二日酔いだ。あーとかうーとか情けなく唸っていると、すっと障子が開いた。そこには昨夜の王者がお盆を持って立っている。
「みよしまる、くん…」
「薬です。飲んでください」
薬紙と湯呑みを渡される。ありがとうと割れそうな頭を抑えながらお礼を言って、ぐいと煽る。はーーっと長くため息を吐く前に、舳丸くんがはーっとため息をついた。
「飲み過ぎですよ」
「です、よね…」
「兄貴達も兄貴達ですが、あなたも気をつけてくださいね」
「すみませんでした…」
ぐうの音もでない。しおしおと項垂れる私、一回り下の男の子に説教されるの図。あの後、盛者必衰とでも言うべきか、見事に舳丸くんに粉砕された私は愚かにもその後も勝負を挑み続け、負けた。負けるたび煽ったやけ酒のせいで、最後の方は記憶も朧げだ。結果、一番の勝者であるはずの舳丸くんにお世話されているんだから全く面目無い。
「暫く酒は控えてください」
言われずともそのつもりです。賭け事もしばらくは、いやもうやめよう。頭痛に耐えられず、ごめん、横にならせてともう一度体を布団に戻す。見下ろす舳丸くんはまた深々と溜息をついた。ダメな大人を見る目だ、つらい。
「ごめんね…」
「無理なことするからです」
挑発にのったのは舳丸くんも同じだけど、なーんてこと言えるはずもなく押し黙る。と、沈黙。…うーん、舳丸くん、わざわざお世話してもらっててこんなこというのもあれだけど、暇なのかな?薬を届けに来ただけのようなのに、何故か居座る舳丸くん。なんとなく、何かまだ言いたいことがあるのだろうか、と感じて、どうかした?と尋ねてみた。すると、若干視線を外しながらぽつりと舳丸くんが呟いた。
「…義丸の兄貴も一緒にいたんだから、もっと警戒してください」
「義丸くん…?」
「前も、酒の席で手を出されかけてたでしょう」
…あれ、なんで知ってるんだろう。たぶんここに来た日の宴会のことだと思うんだけど、舳丸くんは先に部屋に引き上げてたはずじゃ?
「次の日、鬼蜘蛛丸の兄貴が注意してるところを見ました」
「あ、あー…なるほど」
たしかに鬼蜘蛛丸くん怒ってたもんなあ。同い年って言ってたし、とっつきやすい関係なんだろうけど鬼蜘蛛丸くんは義丸くんのこと心配なんだろうな、そういう面が特に。
合点がいって苦笑いすれば、だから、と言葉が続く。舳丸くんを見上げると、気まずげに視線が逸らされた。
「…何かあったら助けを呼んでください。変なことになる前に」
えっ…それって、困ったことあったら俺を呼んでください、ってこと?み、舳丸くん、私より一回りも年下なのに、なにその頼れる言葉。なんて男気溢れることだろう、こりゃ将来が楽しみだなあ。さぞいい兄貴分になるだろう。じーんと感動している一方で、…言い換えればこれ以上面倒ごと起こすなよって忠告でもあるんですよね。一回り下の子にそんなこと言われるなんて、しかも似たようなこと過去にも何度か言われてるよね、若干呆れが入っている気がする声音、はい、わかっております、全部わたしが悪いです。
「以後気をつけます…」
言いたいことは言えたようで、食べられそうなら朝飯食べに来てくださいと言い残して舳丸くんは部屋を出て行った。…あーあ、迷惑かけっぱなしだなあ。
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