13
「新作だよーおいしいよー」
町のお茶屋さん、店員さんが声を掛けている。ふと足が止まったのはその声と一緒に甘い香りが届いたから。てててっと気がつけば足はお茶屋さんに。なになに、栗餡どら焼き…だって。うーん、美味しそう。ごくっと唾を飲み込む。
買い物帰りだけど、まだ日も高いし少し休憩していってもいいかな。みんなまだお仕事中だけど、お土産買っていけば許してくれるだろう。
「栗どら焼き一つください」
目当てのどら焼きを注文して、やれやれと席に腰を下ろす。
「ここ、いいかい?」
「あ、どうぞどう……」
ぼーっとしていたら相席を頼まれて反射的に席を詰める、けど。聞き覚えのある声にはっと見上げたら、そこにはいつぞやの変態男の姿。
「っっ!!」
「おっと、暴れないでよ」
咄嗟に大声を出そうとした口を慌てて塞がれる。しーっと目の前で指を立てる男に混乱は募るばかりだけど、何もしないよといって静かに手が離れた。すかさず身を離すと男は肩を竦めた。
「そんなに警戒しないで。それに私は変態男じゃないからね」
「だからっ心を読まないでください!」
「君がわかりやすいんだよ」
「何しにきたんですか?!」
「何って、甘味を食べに」
「は、はあ?」
なんてことなく言い放った男は通りかかりの店員さんに栗どら焼き一つ、と注文する。美味しそうだったんだよねーなどと呑気に言い放っているが、油断できない。この前といい、なんだかこの人危ない匂いがするのだ。一見無害そうに見えるけど、水軍の人たちとか町の人たちとはどこか違う。そんな気がしてならない。
「それって私のこと意識してるってこと?」
「何言ってるんですか?ってあ!そうだ、お煎餅!」
「ああ、美味しかったよ。ご馳走さま」
「それはよかった…じゃない!あなたのせいで重くんに怒られたんですよ!」
「私だって君のせいで餅を取り損ねたんだよ?お互い様さ」
悪いことをしたと思っている様子、なし!なんだかなあ、確かに私も人違いしたのは悪かったけどこの態度じゃ素直に申し訳ないとも思えないけどそれは仕方ないことだと思う。まさか私のどら焼きまで奪うつもりですか?と聞けばそこまで食い意地張ってないよと返された。信頼できないぞ。
「ところで君、この辺の人?」
「そう、ですけど」
ずずっとお茶を飲みながら男の人が聞いてきた。急になんですか。厳密には違うけど、一応この辺で暮らしているわけだし素直に答えておく。男の人はふーんとこっちを見てきたけど、な、なに?
「この辺りは海の仕事が多いんだね」
「まあ、海が近いですからね」
「物騒な事件もあるけど」
「事件?」
「君、兵庫水軍って知ってるかなあ」
どきりと心臓が跳ねる。なんで突然?ぱちぱちと瞬きして男の人を見つめる。何考えてるのか全くわからないけど、向こうもこっちを伺ってる気がしてなんだかとっても居心地悪いです。
「そりゃ…知ってますけど」
「ああ、もしかするとそこの下女とかやってるの?」
「え」
「この前一緒に餅まきに来ていた人達、まさに兵庫水軍の者だろう」
どきっと。また心臓が跳ねる。なんで知ってるの。あの時この人に水軍の人たちと一緒にいるところ見せなかったと思うんだけど。こわっこの人こわい。
「最近兵庫水軍がなんだか活気づいてるって噂があってね」
「へ…」
「何か理由があるのかなって気になって。君、何か知ってる?」
すっと目が細められる。その目になんだか含みを感じて思わず固まる。
そんなこと知らないのだけど。彼らは初めて出会った時から明るくて元気で賑やか。活気づいてるっていえば活気づいてるけど、私が来た時からずーっと活気づいてると思うんですが。水軍の人たちってもともとあんな感じじゃないの?最近は〜とかそんなこと聞かれても知らない、ていうかこの人なんでそんなこと気にしてるんだろう。ただの噂好き?にしては雰囲気怪しいけど、うーん、あっさては水軍のファンかなにか?
「むしろその逆かな」
「逆?ライバルってことですか」
「うーん、それもちょっと違うかなあ」
じゃあストーカーかな。ならやっぱり警邏の人に引き渡した方がいいかもしれない。もし万が一、重くんとか航くんみたいなちっちゃい子達が襲われたりしたら…ストーカーだけじゃなくてそんな危険人物みすみす見逃してた私まで沈められてもおかしくないだろう。うん、やっぱり引き渡そう。
「…君よからぬこと考えてるでしょ」
「滅相もないです。世のため人のためになることです」
「そんなふうには見えないけど」
まあいいやと再びお茶を啜る。ふーっと息を吐き出した男の人はにこりと笑ってみせた。
「ま、野郎がやる気になる理由ほど分かりやすいものもないんだけどねぇ」
え?と聞き返そうとしたちょうどその時、どら焼きが運ばれてきた。ほら来たよと指さされて、お先にどうぞと勧められる。言われなくても食べますけど、あの、視線が痛い。
「食べにくい」
「気にせず食べてよ」
「むこう向いてください」
「やだ」
「やだって。嫌がらせですか」
「虐めたくなるんだよねー君みたいな子」
否定しない。やはりとんだ変態である。すぐにもう一つどら焼きが運ばれてきて、男の人はさっそくかじりついた。
「ところで君、働いてるってことは旦那さんが水軍なのかな?」
「旦那?わたしまだ結婚してませんよ」
「えっ」
ぴたっと男が動きを止める。その顔には驚愕の表情。この人のそんな顔初めて見た。そんなびっくりさせること言いました?
「その歳で…?」
「その歳って。別に普通でしょう」
「私のところの女子はみんな15くらいで結婚してるけど」
「15!?」
今度はこっちがびっくりである。15、15って、中学生くらい?そんなバカな…いやそうか、この時代ならそれくらいが適齢期なのか…いやいやそれにしても早すぎない?そんな急がなくっても、15歳なんてまだまだ遊びたい盛りだろうに。
「その歳まで貰い手がいないって、よっぽど性格に難ありなのかな?」
「…余計なお世話です」
はわわ〜大変…みたいな目やめてもらっていいですか。私の時代では普通なんだから。…いやでもそうなのかあ、この時代だとわたし、相当な行き遅れなのか。他の人から見たら独り身の年増ってことなのかな…急に恥ずかしくなってきた。時代が違うとはいえつらい。
「そんな性格悪そうには見えないけどね」
「ほっといてください…」
「そんなに落ち込まないで。あー、じゃあさ、どう?私」
「はあ?」
にこっと笑いかけてきた男の人。どうって、なに?言ってる意味がわかりません。
「収入あるよ。不自由もさせない」
「何言ってるんですか?」
「いやー君が結婚できないこと気にしてるの見てたらなんだか可哀想になってきちゃってさ、どう?私フリーだけど」
「結構です」
いい物件だと思うけどなー。とか言ってるけど冗談が過ぎる。
「私もそろそろ身を固めろって周りがうるさいんだよね」
「大変ですね」
「君もね。その歳で結婚してないとなると君もいろいろ言われてるんじゃない?」
考えてみれば水軍の人達にそんなことを言われたことはなかったな。もしかして、気を遣われていた…?
「雑渡様!」
「日向さん」
ガーンとショックを受けたその時だった。飛んできた声にはっと入り口を見ると、駆け込んでくるのは舳丸くんと、彼と同い年くらいの男の子だった。2人はまっすぐこちらに近づいてくるとそれぞれ私と男の人の横に立つ。
「こちらにいらっしゃったんですね」
「ごめんごめん、話し込んじゃった」
さっと男の人の荷物を受け取る男の子。くーっと伸びをして男の人が立ち上がる。
「日向さん、兄ぃ達が探してますよ」
「えっ…嘘。そんなに時間たってた?」
まずい。ささっと食べて帰る予定だったのに。思っていた以上に時間が経ってしまっていたことにようやく気がついた。慌てて立ち上がると男の人はにっこりと手を振った。
「また一緒に甘味食べようね」
「遠慮します」
「雑渡様、そちらの方は?」
「私の未来の嫁」
「はっ!?」
「…日向さん、どういうことですか」
男の子が驚愕の表情でこっちを見て、舳丸くんも驚いた顔でわたしを見上げる。その顔と声がすぐさまお兄さん達譲りのドスの効いたものになって、慌てて首を振る。いやいやいや誤解だから!嘘だから!
「ご、誤解!ただ隣になっただけだよ!」
「そうは見えませんが。随分仲睦まじく話してましたよね」
「見てたの!?いやいや全然仲良くなかったよ、憎まれ口しか叩いてなかったよ」
「日向さんが憎まれ口叩くなんて余程心を許した相手なんですね。どういう関係で?」
「だ、だから誤解だって…」
何言っても逆効果である。向こうも向こうで男の子がどういうことですか!!と問い詰めている。が、男の人は運命の出会いでね〜だのなんだの都合のいいことを言って、まるで訂正する気ないぞ。
「ははは、そんなに怒るな」
「雑渡様!」
「ほら行くぞ、大体の調べもついた」
調べ?その言葉が引っかかって振り向けば男の人とばちっと目が合う。意味深に笑った男はそれじゃあ、またねと言い残して店を出て行った。こちらを気にしながら、というか若干睨みつけながら男の子も後を追って店を出て行く。な、なんで私あの子に嫌われた感じになってるんだ…見たところかなり男の人を慕ってるみたいだったけど、そんな人の嫁とか言ったからか?そんなのあの人が勝手に言ってるだけで、間に受けないでくださいよ。と、いうのをこっちの子にもわかってもらわねばいけないのだけど、
「何処の馬の骨ともしれない男に嫁ぐ気ですか」
「だから…誤解…」
「水軍を捨てるんですか」
「いやだから捨てるとかないから…なんでそんな重い話に…」
暗くじっとりとした目でこっちを見てくる舳丸くん、これはかなり厄介な相手に誤解されてしまったなあ。結局お土産も買えないまま、帰り道なんとか弁明しながら帰路を急ぐことになったのだった。
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