水軍のお仕事は船の警護だけじゃない。漁をやるのも知っていたけれど、まさか鯨漁までするとは。朝早くから出て行った水軍の人々を見送り、その中には舳丸くんや鬼蜘蛛丸くんもいて、彼らもまた意気揚々と船に乗って行った。鯨なんてどうやって捕まえるんだろう、なんて考えているうちに、彼らは夕暮れ前に戻ってきた。それもかなりの上機嫌で。聞くに大物を取ることができたらしい。
やんややんやと騒ぐ人達を館で迎えると、大盛り上がりの中心で喝采を浴びているのは、なんと舳丸くんだった。
「舳丸くんがトドメ刺したの?」
「流石にそこまでは。ただ活躍したのは事実ですよ」
お祭り騒ぎの宴会の中で、すれ違った鬼蜘蛛丸くんが教えてくれた。若干13歳なのに、泳ぎの達人なんだって。水軍の宝だ!とかこれからがますます楽しみだな!とか褒められて、舳丸くん困りながらもどこか照れた様子。今日は主役だ!と持て囃されているので、小さい子達の面倒は私や若手が見ることに。
「みよにぃすごいなあ」
「重も大きくなったら水練になるんだろう?」
「うん!みよにぃと一緒に泳ぐの!」
床の上でばたばたと泳ぐ真似をする重くん。うん、打ち上げられた魚にしか見えない。可愛いけど。微笑ましく見守っていると思っていることが伝わったのかぽかりと叩かれた。ごめんごめん。
「すごいね、舳丸くん。まだ子どもなのに」
「あいつはもともとの素質のその上に、努力を怠らねぇからな。本当にこの先が怖いよ。俺も負けてらんねぇなあ」
肩を竦める義丸くんの目は、そうはいいながらきらきら輝いている。弟分の成長が嬉しいんだろうな。船の上にいる義丸くんも十分格好良かったけどね。
「義丸くんもすごいと思うけどなぁ」
「俺?どのへんが?」
「あんな重たい武器持って…えっと」
「須磨留ね」
「そう。よく扱えるね」
「海の男はタフだからね〜あれくらい余裕だよ」
そう言いながら実はよろよろしていたのは見なかったことにしておこう。
「舳丸!今回はお前の手柄もでかい!何か欲しいもんがあったら褒美にやるぞ」
おおっと声が上がる。第三協栄丸さんも舳丸くんの活躍が嬉しいみたいでニコニコ顔だ。
「いえ、俺は…」
「遠慮するな、お前の手柄だぞ!」
「そうだ、言ってみろよ」
お兄さん達にも担ぎ上げている。困った顔の舳丸くん、褒められなれてないというか、謙遜する子だもんねぇ。じゃあこれ欲しいです!なんてやすやすと言いはしないだろう。だけど今日は周りも酔ってる、どうだどうだと詰め寄るけど、舳丸くん何か欲しいものあるのかな?魚とか貝とか、魚介類が好きなのは知っているけど。
「じゃあ…刺身を」
「馬鹿野郎お前いつもくってんじゃねぇか!」
まさかの大当たりだった。しかも却下されてるし。いよいよ困った顔になる舳丸くんに、どこからか声が飛んだ。
「じゃあそろそろ、舳丸も花街に繰り出してみたらどうだ?」
…花街?
おおっと騒めくお兄さん達に、舳丸くん見事に破顔した。花街、花街って、もしかして。
「よしにぃ、はなまちってな…もがが」
重くんが義丸くんを見上げると、すかさず義丸くん無言でその口を塞いだ。それから近くにいた子どもたちに「そろそろ寝る時間だぞー」などと言いながら手を引いて素早く部屋を出て行った。…ああ、やっぱりね。花街ってそういうところだよね。
「俺たちの奢りだ、今から行ってもいいぞ」
「初めてだろう?いい娘がいる宿連れて行ってやる!」
「いや…俺は…」
明らかに乗り気でない舳丸くんに対して、周囲はどんどん盛り上がって行く。どこどこの娘がいいだの、あの宿の娘は美人だなどとの会話が飛び交っている。…なんだか居心地悪いな。ご飯も終わったし、そーっと部屋を出ようとする。困ってる舳丸くんを助けられないのは心苦しいけど、この話題の中で女の私がしゃしゃり出て行くのもなんだかなあ。心の中で舳丸くんに謝りながらちらっと彼の方を見た瞬間、ぱちりと目があった。あっと思うのと同時に、彼も同じように思ったらしく、思わずあ、と彼からも声が上がる。途端、お兄さん方の視線が一斉にこっちを向いた。あ、これ、嫌な予感。
「おっここにもいたなあいい娘が!」
「日向さんこっちこっち!」
あれよあれよと引っ張られてあっという間に舳丸くんの前に連れ出された。
「何ですか…」
「舳丸の初手柄だ、手取り足取り教えてやってくれ」
「何をですか…」
「何って、決まってるだろ」
決まってるって、私にはさっぱりわかりかねますが。その下世話な手つきと笑いをやめていただきたい。
「日向なら百戦錬磨だろ?」
「いや全然そんなことないです」
「またまた、その歳だろ」
「悪かったですね行き遅れで」
セクハラですよ全く。姉さん女房かあ。舳は無理するところもあるからな、甘えられるくらいで丁度いいのかもしれねぇなあ。
「そりゃあ舳丸くんは立派な海の男になるだろうけど」
「だろ?」
「お嫁さんになる人は幸せでしょうね」
一途そうだからなあ、浮気なんか絶対しないだろうし。何より海とお頭第一だろうけど。そもそも10歳下の子とそんなことになるわけないんだけどね。
と、言えば舳丸くん、あれ、どうしたの。固まってます。
まあ、頭を撫でるくらいなら吝かではない。
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