18


「お子さんですか」

へっ、と間抜けな声が出てしまった。笠を被った男の人がこっちをみて微笑んでいる。え、わたし?きょろきょろ周りを見渡すけど、往来で足を止めてるのは私と、わたしの横にいる舳丸くんだけ。それは、つまり、わたしに、舳丸くんがわたしの息子ですかって聞いてるってこと、ですか?

「まさか!」
「違うんですか?」
「預かってもらっている先の子で」

前にもこんなこと聞かれたな。あの時は義丸くんと重くんが一緒だった。でも今日は、重くんくらいの年ならまだしも、舳丸くん。こんな大きい子いたらわたし何歳で産んでることになるの?いやこの時代じゃ珍しくないのかもしれないけど。それに、第一、顔!舳丸くんは美人だけど、わたしはいたってフツーの…ちょっと悲しくなるくらい、ふつーの顔である。故に、全然似てないです。

「そうですか、てっきり親子かと」
「ははは、やだなー」

はっはっは、と笑いあったところで微妙な沈黙が流れた。…ところでこの人誰だろう。舳丸くん知り合い?と目で訴えると無言で首を振る。なんだかその目が剣呑さを含んでいて、ああ、舳丸くんの警戒心マックスの様子、初めて出会った日を思い出すね。じとりと自分を見る目に気がついたのか、男の人が苦笑いする。

「ああ、すみません。不躾に」
「いえ、それじゃ、失礼します」

ただの通りすがりの人には違いないんだけど、特に似てもいない私たちのどこを見て親子だと思ったのだろうか。姉弟ならまだわからなくもないけど、まあ、よく一緒に町に出て買い物してるし、見られたことがあったのかな。なんて思いながら踵を返そうとすると、がしりと手を掴まれた。なにこれデジャヴ。

「よければお茶でも」
「いや、あの。急いでるので」

ぐぐっと手を引くけど離れない。若干嫌な汗をかきながら男を見上げるとあいかわらず笑顔。顔が引き攣る。
なんだこれ。最近こういう変な人多くない?てゆーか、さっきの変な声かけ、あれってナンパだったのか。舳丸くんがいるのにナンパとは、肝座ってますね。だってほら、手を掴まれてから隣の舳丸くんの顔がすごいことになっていますよ。今にも射殺さんばかりの視線ですよ。

「…離してください」

ほら、ね、聞きました?地を這うような低い声。相当不機嫌な証拠だ。先日の団子屋での一件以来、舳丸くん狼藉を働く男の人地雷だからね。ただでさえ買い付けに来た樽が値上がりしてて機嫌が悪いのに、さらに火に油を注ぐような真似は本当にやめた方がいいと思う。

「君は先にお家に帰っていなさい。この人はちょっと私に付き合ってもらうから」
「道草を食うなと上から言われています」
「だから君は早く帰りなさい。大人の事情に首を突っ込んでくるんじゃないよ」

大人の事情ってなんだ。同意した記憶はないし、付き合うなんて一言も言ってないから。

「その人から離れてください」
「嫌だね。邪魔をするなと言っているだろう」
「離れろ」

あ、やばい。舳丸くんの敬語が外れた。それってつまり最終警告ってことだ。慌てて手をぶんぶん振ると、今度は男の人が不愉快そうに眉を寄せた。

「大人しくしててください」
「いやあなたこそ早く謝った方がいいと思いますよ」
「なんだと?」

どういう意味だ、と男の人が腕を引いた。咄嗟に前につんのめった私を見て、舳丸くんすかさず男に距離を詰める。そのまま躊躇いなく、股間に一撃。よ、容赦ない。声もなく崩折れた男から何事もなかったかのように一歩引くと、「行きましょう」と諭される。あまりの衝撃に離された手を引かれ、今度こそ踵を返そうとしたときだった。

「てっめ…待ちやがれ!」

顔を真っ赤に染めた男の人、股間を抑えながらフラフラと立ち上がる。うわわ、痛そう。女のわたしにはわからないけど、相当な痛みだろうに、すごいな。舳丸くんも少し驚いたように男を見るけど、すぐに「面倒くさい」と言わんばかりの顔に。うん、気持ちはわかるけど。相当怒っているのは相手も同じらしい、先程の微笑みは引っ込んで、ぎりぎりと睨みを利かせている。

「クソ餓鬼が、調子に乗りやがって!」

しゃっと男の人が腰に差していた刀を抜いた。途端周りからきゃああと悲鳴が上がる。えっそ、そこまで?私たち丸腰ですよ?時代が時代だからわからないけど、そんな気軽に抜刀されるものなの?じり、じりと間合いを取る。ど、どうしようこの状況。いくらなんでもすでに刀じゃ勝てるわけがない。

「…日向さん、走りますよ」
「えっあっ、わあ!?」

でも舳丸くんも早かった。小声で呟いたと思いきや、次の瞬間にはぐわっと手を引かれ反対方向に走り出す。は、はやっ。手を繋いだままぐんぐん走って行く舳丸くん、後ろで待ちやがれ!とかなんだか罵声が聞こえるけど舳丸くんは前だけ見て走って行く。待ってわたしそんなに速く走れないし体力ない。ぜーぜー言いながら転ばないように引っ張られるのが精一杯だった。




10分ほど走ったところで、わたしが虫の息になっているのと雨が降り出したので近くのお堂に逃げ込んだ。ご、ごめんね体力なくて…。この時代にきてからそれなりに身体動かしてたつもりだったけど、水練として訓練している舳丸くんには到底かなわなかった、当たり前だけど。荷物を下ろすこともままならないで、げほげほ咳き込んでいると、水の入った竹筒を渡された。有り難くいただく間にも舳丸くんは外の様子を伺っていて、なんというか、わたしより100倍くらい危機意識が高い。

「落ち着きましたか」
「うん…大丈夫」
「少しここで様子を見ましょう」

古ぼけたお堂だ。ぽたぽたと雨漏り、隙間風ががたがた音を立てる。はあ、漸く人心地ついたかな。荷物を置いて座ると、舳丸くんも少し距離を置いて座った。…何か言いたげな目をしているのが、見なくてもわかる。

「…ごめんね」
「…慣れました」

あなたはなんでそんなに変なことに巻き込まれるんですかね。溜息をつきながら言われた言葉に本当だよなあと我ながら肩を落とす。さっきのはどうみてもあの浪人が悪いけど、これまでの諸々を振り返ると、善行積むどころか迷惑かけっぱなしなんだよなあ。好きでこの時代きたわけでもないし、好きで迷惑かけてるわけでもないけど、このままじゃわたし一生元の世界に帰れないのでは?お地蔵さんなーんにも反応ないし。そっと袂に入れているお地蔵さんに触れる、と、目敏く舳丸くんがそれに気がついた。

「どうしました?」
「あ、えっと…願掛け。雨やみますようにって」

よく見てるなあ。苦笑いしながらお地蔵さんを出すと、舳丸くんしげしげとお地蔵さんを見つめた。かわいいよね、ちっちゃくて。

「いつも持ち歩いてるんですか」
「うん。大事なものなんだ」

わたしの世界とこの時代を繋ぐ唯一の手がかりだ、これがなくなってしまったら、と考えると怖くて、肌身離さず持っていた。特別何かが起こったりするわけではないけど、なんとなく安心できる気もした。お守りみたいなものになりつつあるのかな。時代云々のことは伏せてそう言えば舳丸くん無言。ご、ごめん面白くない話だったかな…。

「舳丸くんは?何かお守りとかないの?」

舳丸くん、頷く。たしかに神頼みとかしなさそうだよね。自分の道は自分で切り開く!っていうか。神様よりお頭を信じてる節もあるし。そっかーとか適当に相槌を打っていると、舳丸くんが不意に呟いた。

「いつかは帰るんですよね」
「えっ?」

帰る、帰るって…ああ、そうか、あのおばあさんのところにね。そうだ、おばあさんが戻ってくるまでの間って話になってるんだよね建前上は。びっくりした、元の時代に帰るって意味かと。まさかそんなこと舳丸くんが知ってるわけもないし、それがいつになるかはわからないけどそうだよと答えておく。と、舳丸くんまた沈黙。寡黙なのはいつものことだけど、なんだか今日は様子が違う。どうしたの、まださっきのいらいら引きずってるのかな。

「だ、大丈夫?」
「俺は」
「え」
「俺の居場所は水軍です」

急に宣言された。うん、そうだよね、それはよく知ってる。大好きなお頭、頼りになるお兄さん達、可愛い弟分。舳丸くんが水軍が大好きで、自分の家としてとっても大切に思ってることはよくわかる、けど突然どうしたの。

「あなたが水軍に来てから、兄貴達も変わりました」
「え、そう…かな?」

女の人が来たからそりゃ張り切るだろう、いつだかあの長身の男の人が言っていたことを舳丸くんにも伝えると、一瞬眉を顰めて、けれど首を横に振った。

「そういうことじゃない」
「えっ…というと?」
「…あなたはほっとけない人だ。目を離すとすぐに面倒ごとに巻き込まれる」
「うっ…す、すみません」

突然説教が始まった。舳丸くんに怒られるの何度目だろう。歳下といえど正論を訥々とぶつけられるの結構しんどい。

「でも、だんだんあなたのことがわかってきた気がするんです」

パチクリと瞬き。…えっ、どういうこと?年増のくせに頼りにならないトラブルメーカーだってことがわかって愛想尽かしました、って宣告?勾引かされやすいちょろい女ってこと?面目ないけどそんなこと年下の子に言われたら引きこもる自信がある。いや全面的に自分が悪いのはわかってるんですけどね…。
対する舳丸くんは困ったような顔。言おうか言わまいか逡巡しているようだ。ちょっと泣きそうになりながら舳丸くんの言葉を待つ。あー、もういっそ遠慮しないでいってほしい。覚悟はできてます、自分がしてきたことだもの。…一週間は部屋から出られなくなるけど。

「…だから、別れが惜しいと」
「…え」
「兄貴も、弟達も…俺も、離れるのが辛いとさえ思うでしょう」
「…そ、それって、」

わたしに水軍にいてほしいって、こと?
ぱちくり、再び瞬き。真っ直ぐ見つめてくる舳丸くんの瞳は真剣そのもので、目が逸らせない。

「あなたは、違うんですか」
「えっと…」

よ、予想外だ。役立たずは消えろ面倒見切れねぇんだよ発言かと思いきや、まさかの真逆。なんと引き止めてくれているらしい。ぶ、ぶっちゃけ感動した。舳丸くんほんとうに出来たお兄ちゃんだね…。こんな面倒ばっかり起こす年上の頼りない人間にもそんなこと言ってくれるなんて、懐の深さパネェ。さっき自分でも言ってたけど、駄目な人ほど面倒みたくなっちゃうんだろうな。手がかかる人ほど可愛いというやつか。舳丸くん、余計なお世話だけど、将来ダメな女に引っかからないでね…!
うん、それで、だ。舳丸くんの言っていることをもう一回考えよう。確かに水軍の人たちはわたしも大好きだ、優しくていい人たちばかり。身内のことは本気で心配するし、よそ者の私にもとっても親切にしてくれる。暖かく迎え入れてくれることにもとっても感謝している、水軍にいられて幸せだとも思う。離れるのだって悲しいよ。でも、ね。だからって、ずっとここにいるわけにはいかない。家族も友達もここにはいない。当然いいことばっかりじゃない、仕事はブラックだしうまくいかないことばっかりだったけど、元の時代だってわたしにとっては大事な場所なんだ。
見つめてくる舳丸くんに、そう答えようとしたその瞬間だった。

「ここにいやがったか」
「!」

ぎらっと光る刃先。ぎいっと音を立ててお堂に押し入ってきたのはさっきの男だった。あの雨の中ずっと探し回ってたのか、全身びしょ濡れだ。けれどその顔には笑顔。控えめに言って頭おかしい。背筋に冷たいものが走った。

「日向さん、下がって」

私の前に立ち塞がる舳丸くん。その声には微塵も恐怖とか感じないけど、いや、君だって丸腰でしょ。咄嗟にお堂の中を見渡すけど、武器になりそうなものはない。逃げようにも唯一の出口は男の背後。絶体絶命ってやつだこれ。

「おい、女、お前が大人しくこっちにくればそこのガキは半殺しにしといてやる」

そんなこと言われて行く人がいると思っているのか。手の中のお地蔵さんを握り締めて首を横に振ると、男の顔から笑顔が消えた。

「じゃあ嬲り殺した後ゆっくり頂くとするかね」

ゆらりと刃先が揺れて、舳丸くんに突きつけられる。ごくっと息を飲むと、舳丸くんが小声で呟いた。

「俺が奴の気を引きます」
「え」
「その隙に日向さんは外へ。館へ走ってください」
「何言ってるの」
「帰りが遅いから近くまで兄貴達が探しに来てるはずだ」

だから一人で逃げろって?そんなことできるわけない。いくら喧嘩強くても相手は浪人。敵う相手じゃないのは目に見えてるでしょう。だめだと首を横に振るけれど、男はじりじりと距離を詰めてくる。

「行ってください」
「駄目、絶対に」
「あなたを傷つけたくない」
「そんなのわたしだって同じだよ!」

わたしが助かったって舳丸くんが怪我をしたら意味がない。寧ろその方が傷つくよ。舳丸くんは驚いた顔をして、一瞬動きが遅れた。しまった、と思った瞬間、その先を見逃さずに男が刀を振り下ろす。間一髪避けると舳丸くんはすかさず男に体当たりした。ぐらりと体が揺れる。

「行って!」
「でも!」
「早く行け!!」

倒れた男ともみ合いになった、牙を剥く勢いでそう叫ぶ舳丸くんに、気がつけばわたしは男を突き飛ばしていた。

「日向っ」
「舳丸くん」

咄嗟に伸ばした手にしっかりと舳丸くんの手を握って出口に向かう、けれど倒れた男が舳丸くんの足首を掴んだ。どたりと倒れこむとすかさず馬乗りになって舳丸くんに殴りかかる。

「テメェぶっ殺してやる!!!」
「日向さんっ行って!」

なんとか抵抗しているけどもろに拳が当たって舳丸くんが呻いた。慌てて男を引き剥がそうとするけど、反対に突き飛ばされてしまった。どんっと壁にぶつかる。い…たい。頭がちかちかする。間髪入れずに髪を鷲掴まれ、再び壁に打ち付けられた。

「っ…!!」
「大人しく待ってろって、あそこのガキをバラバラにしてから可愛がってやるからよ」

なんとか腕を引き離そうとするけど、力が強くてびくともしない。と、今度は背後から舳丸くんが男に飛びかかった。容赦なく目を引っ掻いて、男が悲鳴をあげる。叫びながらめちゃくちゃに振り回した刀が舳丸くんの頬を掠めた。

「っ…!」
「舳丸くん…!」

吹き出した血を拭って舳丸くんは再び男に飛びかかる、けど、今度はカウンターを食らって吹っ飛ばされた。どかんと空っぽの仏間に突っ込む。ゆらりと立ち上がる男の手には、血の垂れる刀。舳丸くんも頭をぶつけたのか、立ち上がれないようで、ずり、と後ずさっている。

「手こずらせやがって…」

男が振りかぶった。ぎらっと刃先が光る。
だめ、だめだ、舳丸くんが死んでしまう。咄嗟に、痛みを感じる間も無く体が動いて、気付いたときには舳丸くんを守るように抱きしめていた。舳丸くんが目を見開く。日向さん、耳元でそう声がして、そして。

「死ねぇっ!!!」

刀が、振り下ろされた。

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