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舳丸くんを抱きしめて、くるはずの痛みにぎゅうっと奥歯を噛みしめる。死ぬかもしれない、いやたぶん死ぬ。本当は逃げ出したいほど怖いけど、でも、舳丸くんを守れなかったら。その方が死ぬほど後悔するだろう。
衝撃に備えて目を瞑るが、しかし一向に痛みは襲ってこない。雷雨のしか聞こえない。何事だと、恐る恐る後ろを振り返る、と。
雷鳴に照らされたお堂の中、そこには血の海に倒れる男と、



黒い頭巾を被った長身の人が立っていた。

「っ」

ごくっと息を飲む。倒れているのは間違いなくさっきの浪人。ピクリとも動かない。たぶん、死んでる。そして、その浪人をやったのは、恐らく、いや間違いなく、この…。そう考えると手が震えた。な、何が起こったのか分からない。なんで?助けられた?いや、私たちもろとも殺すつもり?男の手にぎらっと光る刃物を見つけて、きゅっと心臓が縮こまる。警戒を解くことなんかできず、舳丸くんを抱きしめ直す。この人が何者でも、絶対に、舳丸くんは守らないと。見上げる私を見て、男はふっと息を吐いた。

「殺すつもりはないよ」
「…え」

ぽつりと呟いた長身の男。顔を上げると、手を差し出された。えっと思わず頭巾に隠された男の顔と手を見比べてしまう。なんでこんなことしてるのこの人。困惑を感じ取ったようで、男の人がふうとため息をついた。

「知り合いが殺されかけてるのをむざむざ見捨てるのも寝覚めが悪いからね」
「…?」

知り合い?って私?こんな怪しい出で立ちの知り合いなんかいないぞ。私が知ってるのは水軍の人と、せいぜい町のお店屋さんくらいだ。

「ま、わからなくても無理はないが」

出したていた手を引っ込めて、男は肩を竦めた。

「は…?あ、あ、の…」
「その子、早く医者に見せてやりなさい。骨が何本か折れてるだろう。頬の傷も放っておくと破傷風になるぞ」
「!」

舳丸くんを慌てて見やる。ふうふうと荒い息、頬からの出血も止まらない。わずかに開いた目は私の肩越しに男の人を睨みつけていた。こんな状態でもその警戒心は解かれないらしい。

「何、者だ…」
「何者って、曲者だよ」
「ふざけたことを…!」
「ふざけててもなんでも今日は君たちを助けてやったんだから、大人しく寝ておきなさい」

すっと歩み寄ってきた男は目にも留まらぬ速さで舳丸くんに手を伸ばす、ハッと気がついた時には手刀が叩き込まれて、ぐたりと舳丸くんの体から力が抜ける。

「な、なにを…!」
「怒るな、喋って余計な体力使うよりは良いだろう」
「この子に変なことしないで!」
「しないさ、子どもは可能性だろう。さっきも言ったが、殺すつもりなど元からありはしないよ」

そう言って舳丸くんから離れた男はすたすたとお堂の入り口まで歩いて行く。そのまま出て行くのかと思いきや、ぴたりと立ち止まってこちらを振り返った。なに、今度はなんなの。やっぱり気が向いたから殺す、とか言うんじゃないんだろうな。身を硬くして舳丸くんを背に隠す。

「うまい煎餅、楽しみにしてるぞ」
「は…」
「じゃ、またね」

ぱっと男の姿が消える。
な、せ、煎餅?なんのこと?ぐるぐる疑問が頭を渦巻くけど、はっと我に返って舳丸くんを振り返る。息、してる。けど、このままではいけないことはよくわかる。すぐ館に戻ってお医者様に見せないと。倒れ伏してる男を横目に、なんとか舳丸くんを担ぐ。お、重い。意識のない人ってこんな重いんだ…なんて弱音は言ってられない。気にかかることはいくつもあるけど、とにかく舳丸くん優先で、お堂を後にした。

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