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見慣れないパッケージのシャンプーだけど、香りはわたしの好きな柑橘系だった。有り難く使わせてもらってバスルームを出ると、意外なことに事務所にダンテの姿はなかった。どこに行ったんだろう。わたしをここから出したくないみたいなこと言ってたわりに気配もないし、これ今ならわたし出ていけるのでは?……まあ出て行ったところで家無し金無しのわたしに行けるところなんてないんだけどね。断じてダンテにビビっているわけではない、断じて。
足枷の置いてある部屋に戻る気にはなれず、仕方ないので事務所のソファに座る。まじまじと辺りを見回すが、相変わらずお世辞にも綺麗とは言えない様相だ。デスクにはピザの空箱、いかがわしい雑誌。ジュークボックスは珍しく控えめに音楽を垂れ流している。特にめぼしいものもないので、ローテーブルに放置されていた新聞を手に取る。…本当に18年後なんだな、日付も事件も人も、見慣れないものばかり。人気の店とかお菓子とか、気になるものもあったけれどこの様子だと実際お目にかかれるのはいつになるのかわからない。ダンテがいってた「その時」というのが来るまでわたしはここから出られないのだろうか。助けてもらったのはありがたいけどかなり迷惑被るな。

「…ん?」

ふと目に入った記事に引っかかるものを覚えた。地方の宗教都市、フォルトゥナの騎士団解体…フォルトゥナってスパーダを神として崇めてるところじゃなかったっけ。昔読んだ本に書いてあった気がする。ちょっと気になってたからいつか行ってみたいなって思ってたんだけど、記事を読むになんだか派手などんぱちがあったらしい。18年経った今の世の中も、相変わらず物騒なんだなあ。

「面白いところだったよ、フォルトゥナは」
「そうなんだ、わたしも行ってみたいけど…は?」

自然な会話だけどわたし今誰と話したの?はっと横をむけばダンテが何食わぬ顔で同じ記事を覗き込んでいた。…だからどっから沸いて出たんだよ、怖いよホラーかよ。

「偉いぞ、ちゃんと留守番できたな」
「…どっか行ってたの?」

いちいち突っ込むのも癪だから、スルーだスルー。平静を装って尋ねればまあなと軽く流された。それはそうと手を出せ、と言われて嫌な予感がしたものの、逆らう訳にもいかず大人しく手を差し出す。いとも簡単にがちゃりと手錠を付け直される。やっぱり気分のいいものではないな。このあと足枷も付けられるんだと思うとなおさら。渋い顔をするとダンテがくすりと笑った。

「約束守る気があるみたいだからな、それだけにしといてやるよ」
「え」

思わず顔を上げるとダンテは仕方なさそうに肩を竦めた。それはつまり、試されてたってこと?ダンテがいなくても逃げ出そうとしないか?それはかなり腹立つ…が結果オーライだ、もともとすぐにここから出て行くつもりはないし、わたしの中では生活送る上での最低限のラインはクリアだと思っている。一応お礼を言っておく。

「フォルトゥナ、行ったの?」
「野暮用でな」

お父さんに関係ある都市だもんね、ダンテが興味を持っていても不思議ではない。面白いところっていうなら悪魔絡みの何かがあったんだろうか。てことは新聞に書いてあったどんぱちってまさか。

「ちょっと悪魔退治…いや、神退治をしただけだ」

やっぱりあんたか。

「神退治って…大丈夫?」
「問題ない」

あっけからんと言い切るダンテ、こういう不遜なところは前と変わらないな。フォルトゥナでの神ってスパーダのことじゃないのか、それを退治したって…うーん、まあ問題ないっていうならなんとかなったのかな。腕は確かだし、基本的にダンテは街の人に危害が及ぶような真似はしないはず。そういう意味も含めて問題ない、ってことなんだろう。
他に興味を惹かれるような記事もなかったので新聞を置くと、ダンテに髪を一房掴まれた。

「何?」
「…甘酸っぱい匂いがする」

ダンテのシャンプーでしょ。

「お前いつも柑橘の使ってただろ」
「え、うん。家ではね」

この匂い嗅ぐとお前のこと思い出すんだよ、と呟いたきり、ダンテは静かになった。…どういうこと?

「え、ねえ、なに、どういうこと?」
「…わからねぇならほっとけ」

あくびをしたダンテはずるりと体を倒してわたしの膝に頭を乗せた。所謂膝枕。18年前のダンテも(わたしの断りなしに)よくやってたけど、こんな年上の人に膝枕とかしたことないから若干体が震えた。

「…なんで今更緊張してるんだ?」
「は、ハア!?してませんけど?武者震いだけど?」

指摘されてしまった。慌てて否定するとダンテは肩を震わせて笑う。

「…変わらないな、お前は」
「ダンテは…変わったり変わらなかったりだね」

なんだそりゃ、また可笑しそうに笑う。そういう顔とか、前と同じだよ。お腹の方を向いたと同時に、ちくりと膝に触れる髭は違うけど。そのまま腕を回されて、ダンテがわたしのお腹の辺りに顔を埋める。

「ダンテ?」
「…1分だけ」

顔を埋めたままダンテがまたあくびをする。眠いのかな、すぐに静かになったダンテの頭を手錠のままそーっと撫でてみると、ぴくりと反応したもののあとはされるがままで、なんだか大きい動物を撫でている気分。さらさらした銀髪の感触が手に気持ちいい。しばらくそうしていると、いつの間にかわたしも寝落ちてしまったようで。不意に暖かい何かに抱き上げられた気がしたけれど、やっぱり気持ちがいいからそのままにしておいた。

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