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目が覚めるとわたしはベッドで眠っていた。わたし、いつの間に二階に上がったんだろう、覚えてない。目を擦り、相変わらずの手錠の感触に少し顔をしかめる。それに寒い。シャツ一枚はさすがに風邪をひきそうだ。毛布を羽織ってベッドから降りた。
窓の外はうっすら明るいから、まだ早い時間なのだろう。廊下に出てもやはり静かで。ダンテも別の部屋で寝ているのかな。
二度寝するほど眠くないし、ダンテが起きるまで事務所で待っていようかな。ゆっくり階段を降り、薄暗い室内を手探りで、なんとかソファに辿り着き腰を下ろす。と、なんだか硬いものがお尻に当たった。エッ、なに?なんか踏んだ?慌てて飛びのくとその塊がうめき声をあげた。
「えっ…ダンテ?」
よくよく目を凝らせばそこにいたのは家主のダンテ。なんでソファで寝てるの、寝落ち?いくら悪魔でも風邪引くんじゃない?わたしに踏まれて眉間にシワが寄ったけど、起きる気配はない。寝るならここじゃなくて、ベッドで寝た方がいいだろう。
「ダンテ、ダンテ」
「…ん」
起きる気配なし、肩を揺さぶってみてもまるで効果なし。そんなにダンテってよく眠るっけ。
「ダンテってば」
「…」
…仕方ないな、毛布だけかけておいてあげよう。これで風邪引いても知らないからね。羽織っていた毛布を脱ぐと、ひんやりした冷気が纏わりつく。…わたしも風邪引きそうだ、一回部屋に戻ろうかな。寝苦しそうな格好をしているダンテに毛布をかけて踵を返した、その時、
「…日向」
思わず動きが止まる。起きた?振り返って顔を覗き込むと、目は閉じられたまま。…寝言?なんだか苦しそうな顔をしている。
「日向」
さっきよりもはっきりと呼ばれる、でも相変わらず寝たまま。わたしの夢でも見てるのかな、この苦しそうな顔から察するに、わたしになんかやられているのだろうか。わたし全然悪くないけど、名前を呼びながら苦しそうな様子されたら少しだけ罪悪感を感じる。ダンテの胸元にあった手がぎゅうと服を握りしめているのを見て、苦しそうな表情も相まって思わずそっとその手を握る。と、突然ダンテが目を開いて勢いよく体を起こした。隣にしゃがんでいたわたしも勢い余って尻餅をついた。
「いった!」
「っ、日向?」
息も荒くこちらを見たダンテは信じられないものを見るような目をしている。それはこっちの立場だ、突然ゾンビみたいに起き上がりやがってびっくりしただろうが、お尻もうったし心配してやったわたしになんて仕打ちをするんだ。あーあ、毛布も埃っぽい床の上。せっかく掛けてあげたのにって、えっなになになにその手は。
「だっだっダンテ?」
急に伸びてきた手にがっしりと抱き込まれる。わたしは尻餅ついたままの姿勢で、ソファから身を乗り出したダンテがぎゅううと体をホールドしている、胸元に顔を押し付けられて息がしにくい。このままだと窒息しかねない、苦しくて顔を上げると、ダンテがか細い声で何か呟いた。
「日向……」
「え…なに?」
「やっと…ここに」
ここに?何?
聞き返すとダンテははっと息を詰めて今度はばっとわたしから離れた。こっちを見たまま数度瞬きをし、わたしが戸惑いながらダンテの名前を呼ぶと、それからようやく肩の力を抜いた。
「悪い……寝ぼけてた」
「…嫌な夢でも見た?魘されてた」
手を差し出され、ようやく立ち上がるとダンテもソファの上で姿勢を起こした。わたしの名前を呼んでいたってことは伏せて尋ねると苦笑いするだけで質問には答えなかった。それから落ちている毛布を拾い上げてあーあと呟く。いやだからそれもこっちのセリフ。
「日向が持ってきてくれたのか」
「風邪ひくと思ってね。跳ね飛ばされたけど」
悪かったって、ダンテが埃を払う。昨日はここで寝たのかと聞くとそうだと返ってきた。ちゃんとベッドで寝ないと体悪くしちゃうぞ。
「それは…誘ってるのか?」
「ハア?どこをもってそうなるわけ?」
「この家にベッドは一つしかない」
「……ハア??」
「お嬢さんがその気なら、俺も喜んで一緒に寝るんだがね」
「ハ、ハア!?」
はあしか言ってないぞと笑われるが、そんなことよりも今大変なこと言わなかった?昨日わたしが占領してたベッド、あれのこと?一つしかないって、じゃあ寝るときどうすればいいの。
「日向が使えばいいさ」
「家主が使ってよ、わたしソファで寝るから」
「却下だ」
「なんで?わたし寝られればどこでも気にしないよ」
「俺が気にするんだよ」
「じゃあベッドもう一つ買おう」
「残念だがそんな金はない」
「ならどうするの」
「だから、一緒に寝るんだろ?」
だから!と怒ったところでダンテはどこ吹く風。夜が楽しみだなとか言ってるけどわたし絶対一緒になんか寝ないからな。
寝てた時とは大違いだ、あっけからんと笑うダンテに内心安心していると、不意に寒いだろ、着とけとコートを掛けられた。
「あ、ありがとう」
「ああ。こっちも毛布、ありがとな」
着とけって言われても両手が塞がっているから羽織るしかできない。手錠外してくれないかな…と呟いたけどスルーされた。
今何時だと立ち上がったダンテについて行く。夜目が利くダンテは、壁にかかった時計を見てだいぶ早いなとひとりごちた後、くるりとこちらを振り返った。コートがずり落ちないように襟を持っていたところ、ダンテはじっとこちらを見つめ、顎に手を当てる。上から下までじっくり眺め、ふむ、と感慨深そうに頷くけど、多分ろくなことは考えていない。
「彼コート、ってやつだな」
…ほらね。ついでにいうと彼コートどころかシャツもあんたのだけどな。そもそも恋人ではないからその言い方は根本から間違っているぞ。
「いいねぇ、そそられる」
ぴらっとコートの裾を払って太ももに触れる、ダンテの手つきがやけに手馴れていた気がするけど、平手打ち(両手)でイーブンにしておいてあげよう。
「いってぇ!」
「変態、セクハラ」
「…ったく、随分な言われようだな」
18年前のダンテはこんなことしなかったぞ、若気の至りという名のセクハラまがいはしてたけど、もっと可愛い感じの…おじさんにやられると、いたたまれなくなる。本気っぽくて。
そんな格好しているお前が悪いとか、聞こえない。家がないってことは服もないってことだ、いつまでもダンテの服を借りるわけにはいかないから、この後すぐにでもお店が開く時間になったら服を買ってこよう。ついでに18年後の世界も見てみたい、どう変わってるのか。
そこではたと思い出す。わたし、外出禁止だった。
「ダンテ」
「なんだ?」
「服が欲しい」
「着てるだろ」
「そうじゃなくて、自分の服」
「それ似合ってるぞ。手錠も相まって」
話にならない。ダンテが買ってきてくれるとしても凄まじい服買ってきそうで頼みたくない。やっぱり自分で行くしかないのか、でもそのためにはこの変態おじさんを倒さないといけない。……ちょっと服買うくらいいいだろ。
「だめだって言ったろ」
「じゃあダンテに任せていい?」
「とびきりのやつ買ってきてやるぜ、待ってな」
「…やっぱりいい。やめて」
嫌な予感しかしないや。