5-2

誰かの話し声がする。静かに階段を降りて事務所の戸を開くと、2人分の目がこっちを向いた。
1人は相変わらず行儀悪くデスクに足を載せたダンテのもの、もう1人は、短髪の、ちょうど18年前のダンテと同じくらいの年頃の男の人。

「おいおっさん、あの人か?」
「ああ、日向だ」

男の人は一度ダンテに向き直り、それからまたこっちを向いた、それからはっと目を見開く。そして気まずそうに目を逸らした。何?わたしおかしい?そこまで考えて自分の格好を思い出す。ダンテのシャツ一枚。太もも丸出し。初対面の人間がこんな格好してたら確かに目を逸らすな、納得。慌ててドアの陰に引っ込み、顔だけのぞかせる。2人とはかなり距離があるけど仕方ない、こんなはしたない格好を年頃の男の人に晒し続けるわけにはいかないだろう。

「ご、ごめんなさい、見苦しい格好見せちゃって」
「あ、いや…俺こそ悪い」

何故だか男の人も謝ってくれた、いい人そうだなこの人。18年前のダンテと同じ歳くらいだろうけど、当時のダンテより大分落ち着きあるな。…にしても、なんだか、ダンテに雰囲気似てるね。親戚?

「あんまりじろじろ見るなよ坊や、俺の女だ」
「誰があんたの女だ」

ぎっと睨みつけるとダンテが両手を上げて降参のポーズを見せた。ソファにかけてあったコートを拾ってわたしの肩にかけるとぐいと扉から引っ張り出される。足とか全然隠れてないんですけど。男の人の前まで背を押されると、相変わらず男の人は気まずそうに目を逸らしたまま、手を差し出してくれた。

「ネロだ。よろしく」
「ネロ、よろしく。日向です」

差し出された左手は大きくて無骨だった。握り返そうと手を伸ばしたところでちゃりと揺れる手錠の存在を思い出した。ネロと名乗った男の人も、それを見て眉を顰める。

「なんだ?それ」
「あー、えっと…」

元凶を恨みがましく見つめると、ダンテはふいっとそっぽを向いた。ネロがおいおっさんとダンテに噛み付く。

「あんたか?なんでこんなことする」
「そういうプレイなんだよ。邪魔すんな」
「そりゃあお熱いこったな、彼女喜んでるように見えねぇけど?」
「お前には関係ないな」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ。離してやれ、かわいそうだろ」

お、おお、正論。もっと言ってくれ。
このネロって人すごくいい人だ。いい人っていうか一般人?

「彼女は18年眠ってただけだろ?それをどうして拘束する必要がある」
「俺には俺のやり方があるんでな。お前はあのお嬢さんだけ気にしてりゃいいだろ、よその夫婦間に口を出すな」
「誰が夫婦だ」
「これのどこが大事な人に対する扱いなんだ?俺には理解できねぇ」
「する必要ねぇからな。いいから用が済んだら帰れって」
「ダンテが呼んだんだろ!」

ネロくん、まるで相手にされてない。わたしが言うのもなんだけど、翻弄されてる。ヒートアップしてきたネロくんがダンテに掴みかかりそうで、慌てて間に入った。

「ネロくん、ありがとう。いざとなったら手錠引き千切るから大丈夫だよ」
「ひ、引き千切る?あんたも…悪魔なのか?」
「も?」

も、って、ネロくんはダンテが悪魔だってこと知ってるのか。若干驚きと引き気味のネロくんがこっちを向き直る。

「わたしは人間です」
「そう…だよな」
「ネロくんはダンテのこと知ってるの?」
「あ?ああ、まあな」

仕事で、いろいろと。なるほど、悪魔絡みでか。彼の腰には大口径のリボルバー、たぶん対悪魔の得物なんだろう。アンティークなデザインで綺麗だ。ふんと鼻を鳴らしたダンテがネロくんを指さす。

「日向、お前を起こしてくれたのはこいつだ」
「えっ、あなたが?」

驚いて彼に向き直ると、ネロくんはこくりと頷く。それから背中に差していた日本刀を見せてくれた。

「閻魔刀。人と悪魔を分かつ力がある」

これでお前の心臓をぐさっとやって、ひっついてた悪魔を剥がした、と説明されたが、心臓ぐさっとやったってなんだよ。初めて聞いたぞ。

「わたし殺されかけたってこと?」
「一瞬呻いてたけどな。だが、傷は残ってねぇし、安心しな」

寝てる間に心臓ぐさっとやられてたとか、なんでわたし生きてるんだ?傷残ってないとかそういう問題じゃない、安心とか微塵もできないんだが。

「閻魔刀は人を殺さない、だからあんたの体も無事なはずだ」

ネロくんが閻魔刀を背に戻す。
見つけたはいいけど悪魔の力で眠り続けたわたし、引き剥がすには閻魔刀以外に方法がなかったんだって。だからって心臓刺されたのは解せない。
なんとなく痛む気がする胸元を抑えながら、それでも一応お礼を言っておく。

「ありがとう、助けてくれて」
「いや、気にしないでくれ」

戸惑ったようにネロくんが頬をかく。もしかして照れてる?昔のダンテを思い出してちょっと微笑ましくなってしまった、ダンテも褒めたりお礼言われたりするとこんな反応してたっけ。ふふと笑うとネロくんは困惑したようで、少し頬を赤くした。あー、この感じ。懐かしいなあ。やっぱりダンテに似てる。
と、ぐいと肩を引かれた。見上げると、笑いながらも若干不機嫌な顔をしたダンテ。なんで怒ってんの?

「良い雰囲気になってるところ悪いが、あんまり他の男に愛想振りまくのは感心しねぇな」
「は?愛想振りまくってなにそれ」
「ネロもああ言ってるが、もし痛みがあればすぐ教えろよ」
「あ、うん。わかった」

怒ってると思ったら普通に心配された。なんだ情緒不安定か?このダンテ本当に何考えてるのかよくわからない。

「で、今現在胸を抑えてるってことは、痛むってことだな?」
「え」
「見せてみろ」
「は?って、ちょ、ぎゃーーーーーーーー!!!??」

ぐいと躊躇いなくシャツを開かれ胸元が露わになる。なななななにすんだこのおっさん人前で!?信じられない、おまわりさんこいつです!ネロくんは慌てて目を逸らしたがわたしは羞恥で爆発しそうだ、思いっきりダンテの足を踏みつけてその場にしゃがみこむ。と、全くダメージを受けた様子のないダンテが蹲ったわたしを抱き上げた。コートがばさりと床に落ちる。抱き上げられた反動でシャツがめくり上がり、今度は太ももを晒すことになってわたしはいよいよパニックになる。

「わーーーっ!?やめ、下ろせ変態!」
「じゃあなネロ、ここから先はR指定だ」
「なっ…、おい!おっさんふざけんなよ!」

流石に我慢できなくなったネロくんがダンテに掴みかかるけど、ダンテはどこ吹く風。暴れるわたしを抱えたままネロくんを見下ろす。

「お前にはあのお嬢さんがいるだろ、邪魔すんな」
「だからッ、人をおちょくるのもいい加減にしろ!」
「そうだそうだ、わたしであそ…ひゃッ」
「あっ?」

ぎりっと首元を締め上げるネロくん、と、不意に彼の服の金具がわたしのむき出しの足に触れて、その予想していなかった冷たさ、刺激に思わず息を飲んだ。思いがけず飛び出た声にはっと口を塞ぐ。が、至近距離にいた2人にはバッチリ聞こえたようで。また驚いた2人分の瞳がわたしを見下ろす。そのうち、わたしを抱き上げている方はにやりと笑みを浮かべて、もう一方は慌ててわたしから離れた。

「わ、悪い…!」
「え、いやあの、ごめん、わたし」
「日向、そういう声は俺だけに聞かせてくれよ」
「ッ、バカ!ハゲ、セクハラ、変態!」

このおっさん全く懲りてない。ハゲてねぇし、セクハラしたのはネロだろとダンテが笑う。顔を赤くしたネロくんははっと顔を上げ、それからぎろりとダンテを睨み付けると「覚えとけよこのクソ野郎!」と吐き捨て事務所を出て行ってしまった。ああ、ネロくんかわいそうに、わたしが腑抜けてたばっかりに。いい子だったのに、何も悪いことしてないのにわたしのせいで嫌な思いさせてしまった、控えめに言って死にたい。
にしても、このにやけた顔のおじさん、一発殴らないと気が済まない。

「いい加減下ろして。そして殴らせろ」
「嫌だって言ったら?」

つつ、と太ももを撫でられぞっと鳥肌が立つ。慌てて足をばたつかせると、ダンテがまた余裕たっぷりに笑った。今度は膝をくすぐる様に撫でられて、思わず顎に掌底食らわせちゃったけどわたしは一ミリも悪くないと思う。正当防衛。

「いッて…」
「ネロくん帰っちゃったじゃん、わたしの様子を見てもらうためにダンテが呼んだんでしょ」
「ああ。よかったな、なんともなくて」
「だからそうじゃない。ネロくんに謝ろう、ダンテ」
「なんで俺が?」
「やりすぎ。おちょくってたでしょ」
「お前だってやらしい声出してただろ」
「やらっ…ふ、不可抗力。ダンテ大人気ない、可哀想」
「…んだよ、そんなにあいつのこと気に入ったのか?」

むっとした顔。一瞬嫌な予感がした。わたしが止めるより早く、ダンテの肌を滑る手が太ももを上がり、足の付け根の際どい部分に触れる。思わず身を硬くして、その手を払いのけようとするが、そっちばかりに気がとられたわたしは本当に迂闊だった。

「ダンテっ、いい加減に…っ?」

はっと気がついた時はダンテの顔がすぐ目の前にあって、驚きのあまり顔を逸らす間も無く唇に柔らかいものが押し付けられて。ぬるっと侵入してきた何かにようやく事態を理解して、反射的にがぶりと噛み付いた。

「ッ…!何すんだ」
「こっちのセリフだ馬鹿!」

下ろしてとばたばた暴れると漸く解放された。ごしごしと口を拭うと傷つくなとダンテが肩を竦めた。急にキスしといて何言ってんだ、ショック受けたのはこっちだっての。

「キスぐらい挨拶でもするだろ、いいじゃねぇか」
「口はおかしい」
「俺とお前の仲だろ」
「ただの仕事仲間でしょ」

ダンテは不服そうな顔をする。

「ただの仕事仲間を18年も探すと思うか?」
「多少は特別に思ってくれてるかもしれないけど、少なくともキスする関係じゃないよ」
「今はな」
「…とにかく恋人同士でもないのにこういうことはなし、それからネロくんにも謝ること。いい?」

びっと指差すとやれやれとダンテはまた肩を竦めた。流されずじっと見つめるとダンテはわかったよと降参のポーズを取った。少しは反省したかな?歳上の男性を、こんなふうに諭すことになるとは。いやまあ相手を考えれば、18年前の日常茶飯事なんだけど。
わかれば良しと頷くと、ダンテがじっとこっちを見つめた。

「なに?」
「懐かしいな」
「え?」
「こういうやりとり」

ダンテも思っていたらしい。今までとは違って、少し照れたように頬を掻くダンテに、たしかに18年経ったんだなと思った。わたしにとっては昨日までの日常茶飯事でも、彼にとっては18年ぶりなんだ。
ダンテにとってのわたしが、「ただの仕事仲間」ではないことは自惚れではなくよく分かっている。自堕落でも正義感と熱い魂を持った彼が18年という年月の間自分を探してくれていたのは、決してその正義感だけによるものではない。わたしを見つけられた嬉しさは、ダンテの様子を見ていてもわかるけど想像以上のものなんだろう。そこにはわたしも感謝している、けど、さっきみたいなのは許した覚えないからね、18年前からそうだけど。
改めてダンテを見つめる。18年前とは違う男性だ。でも、相変わらず芯の強い瞳は健在だし、その根本は変わってないはず。信じて見上げればダンテがこっちを見返してきた。

「…ま、ごちそうさん」

ぺろっと舌なめずりして、唇に指を添えにたりと笑う、側から見れば色気のある仕草に今度はわたしが肩を竦めてしまった。

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