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ばーんと事務所の扉が開かれて、わたしもダンテも揃ってそちらに目をやった。陽の光を背景に事務所に入って来たのはショートカットにランチャーを背負った女の人。なんだか見覚えがある。
「レディ?」
「…本当に日向なの?」
サングラスを外すと信じられないと言わんばかりの表情でこっちを凝視する、オッドアイの女性はやっぱりレディだった。彼女もダンテ同様、大人の色気むんむんになってる、けど相変わらず若くて綺麗。本当に18年経ってるの?美魔女?とぽーっと見つめていると、こつこつとこちらに近寄ってきた。惚けているわたしの両頬をぱんと挟んでぐいっと顔を上げられる。ははは、こういう強引さも変わってないな。
「れでぃ、いひゃい」
「…すごいわ、本当に18年前のまま。あなたってこんなに幼かったっけ」
「幼くはなひと思ふけど…レディは今もほっへも綺麗ひゃね」
ありがとうと微笑んでからレディはダンテに向き直る。解放された頬が若干痛い。
「言われたもの持って来たわよ。日向にあげるんでしょ?」
「え、わたし?」
「ここ置いとくわよ」
「ああ、ありがとよ」
「構わないけど、お代はきっちりいただくからね」
レディはじろりとダンテに鋭い視線を投げかけている。そういうところも相変わらずなのね、むしろしっかり忠告するあたり磨きがかかったような。ダンテもやれやれといった顔だ。
日向おいでと呼ばれて、デスクに置かれた箱を見つめる。
「何が入ってるの?」
「服よ」
驚いてレディを見つめる、それからダンテも。ダンテはにっと笑ってこっちにやって来た。
「私のお古だけどね。日向を見つけたはいいけど服がないっていうから持ってきてあげたの」
「レディ…!ありがとう、とっても嬉しい!」
「おいおい日向、頼んだのは俺だぜ?」
「所有者も持って来たのも私よ」
レディが開けてくれた箱の中にはシャツやパンツ、ジャケットなど当分着るには困らないだろうくらいの服が入っていた。彼女らしくシンプルで清潔感のある服、お古っていってたけどわたしにとっては宝の山だ。いつまでこんな落ち着かない格好なんだろうと若干暗い気持ちだったわたしのテンションは急上昇した。
「早めに持って来てよかったわ。そんな格好させられてるとは思ってなかったけど」
持って来てくれたシャツの一枚を広げながら、レディが哀れみを込めた視線で言う。ごもっともすぎて苦笑いしか返せない。
「一応聞くけどその手錠はファッションなの?」
ほらまた言われた、当然だけど誰もが気にするだろう。ファッションっていうならどこの国のどの年代に流行っているのか是非教えて欲しい。答えは分かりきっているのでレディは初めからダンテに冷たい視線を向けた。
「日向はあんたのペットじゃないのよ」
「わかってるさ。だが今は必要なんだ」
「…束縛強い男は嫌われるからね」
意外にもレディはそれだけ言うと踵を返した。
「日向、何かあったらすぐ連絡しなさいね。これ私のナンバーと住所。悪魔退治ついでにそこの色魔もぶっ飛ばしてやるから」
「ハハハありがとう、すでに手遅れだけど」
「なんですって?」
ぎろりとレディの目が光る。
「おいおい日向…同意の上だろ」
「同意した記憶全くありませんけど」
「それに眠ってるお姫様を起こすには王子様のキスって相場が決まってるからな」
「キスどころか心臓まで刺されたんだろわたし」
「刺激的だったろ?」
「本当に反省してないねダンテ、呆れ通り越して感動したよ」
「ちょっと、夫婦漫才は私が帰ってからにしてちょうだい」
「は?誰が夫婦だって…」
「悪いなレディ。金が入ったら支払うよ」
「貸しよ。忘れないで」
「ちょっとレディさん聞いてます?」
「じゃあ私別の仕事があるから。じゃあね」
ばたんと来た時同様大きな音を立ててドアを開けたレディはそのまま颯爽と去っていった。
「いっちゃった…もっと話したかったのに」
「あいつにも都合があるんだろ。それより服、よかったな」
「うん、あー…ダンテも、ありがとう」
「どういたしまして」
いつのまにかレディに連絡してくれていたのは事実だし、お礼はちゃんと言っておこう。寝室のクローゼット使っていいぜといってくれたので、そこまで運ぶ。よくよく箱を見ると、下の方には新品の下着なんかもあって、本当にレディに感謝した。気がきく、優しい、有り難い。今度また来てくれたらおもてなししないと。
「ダンテ、着替えるから手錠とって」
「…逃げるなよ?」
「逃げないよ」
ダンテが厳しい顔をしてわたしの手を取る。やっぱりこれは渋るんだよね、ダンテさん。終わったら声かけろよ、と言い残してダンテは手錠を解くと部屋を出ていった。久しぶりに解放された手に感動。ああ、縛られてないって素晴らしい。
手首を撫でてから、レディがくれた服を手に取る。やっぱりお古とは言ってもほとんど着ていないような服が多くて、わたしの好みに合った服ばかり。18年前一緒に買い物に行ったりしたけど、覚えててくれたのかな、だとしたら嬉しい。また一緒に買い物に行けるようになるといいな…ダンテ次第だけど。
白いカッターシャツとジーンズに着替えると、ようやく人心地ついた。サイズもぴったりだ。シャツ一枚がいかに心許ないかわかる。
「…さて、と」
ドアの近くに気配があるから、ダンテは部屋の前で待ってるんだろう。さっきまで着ていた黒いシャツを畳んで、ドアを開けようとしたところでふと手が止まる。振り返れば、陽の光が差し込んでいる窓枠。鍵はかかってないから、簡単に開く。
相変わらずお金も家もないけど、今は友達の住所が書かれたメモがある。レディのところなら、このまま手錠なんかつけずに、外へも自由にいけて、18年後の世界を満喫できる生活を送れるだろう。
…そこまで考えて、だけど結局わたしは振り返ってドアを開けた。想像通り待っていたブルーの瞳と視線がかち合う。
「…似合うぜ」
「ありがとう」
「サイズは?」
「ちょうどよかった」
「…さっきまでの格好も良かったが」
「…」
「その格好の方が、理性が効く」
手を取られて、そのまま手の甲にキスが落とされた。ここならいいだろ、とダンテが笑った。
何も答えられずにいると、かちゃっと音がした。馴染みのある感覚。両手に嵌められた枷を見つめて、ぽつりと呟く。
「ダンテ」
「ん?」
「…これ、どこの流行なの?」
「…魔界」
お金も家もない、手錠で縛られてても、それでも魔界よりはマシだろう。
事務所に降りて、ソファに腰を下ろす。
「いつになったら外れる?」
「…お前を脅かすものがなくなったら、だな」
「脅かすもの?」
「悪魔だ」
「どんな?」
「…お前を縛っていた悪魔」
それって、わたしを18年間眠らせていた悪魔のこと?
「閻魔刀で引き剥がしたが…逃げられた」
「ダンテが?珍しいね」
「逃げ足だけは速くてな。だがまたお前を狙いにくるはずだ。18年も居座ってたんだから、相当居心地良かったんだろうよ」
「そう…なんだ」
「目を離した隙にまた眠って隠されちまったら困るだろ」
だから先に俺が縛っといた、ってダンテが笑った。
「この手錠は魔具でできてるんだ。つけてる限りお前がどこにいてもすぐわかる」
「へえ…迷子防止なら、片手だけじゃダメ?」
「ダメだな」
「なんで?」
「唆られないだろ」
結局服関係ないんじゃん、そう思ったけど黙っておいた。冗談なんだか本気なんだか。ただ縛るだけの目的じゃないんだとわかって、少し不安になった。また狙いに来る、か。元はと言えばわたしが仕事で失敗したのが原因なんだから、わたしが落とし前をつけるべきだ。どんな悪魔だったのか、どうしてやられたのかも覚えてないけど、自分でどうにかすべきだろう。
「俺がやりたくてやってることだ」
「もともとわたしの失敗でしょ」
「ぶっ殺さねぇと気がすまねぇんだよ」
人のものに手を出したらどうなるか、きっちり教えてやらねぇとな、だからお前はここにいろ、と頭をがしがし撫でられる。