before words 1

「おはよう、ダーリン」

目を覚まして一番はじめに目に入ったのは、朝日でも見慣れた天井でもなく、ニヤリと笑う半魔の男だった。

「……どうやって入ったの」
「窓。鍵空いてたぜ?不用心だ」

我が物顔で同じベッドに寝転がり、わたしを見下ろしてくる。そのまま慣れた様子で額にちゅっと唇を落とし、もぞもぞとシーツに侵入してきた。
一つ断っておくと、わたしたちは断じてそういう関係ではない。シーツから顔を出した男は、ふああと大きな欠伸をする。朝までかかっちまってよ、少し寝かせてくれと一方的につげると半魔の男、ダンテはシーツにくるまって目を閉じた。

「ダンテ、お風呂は?」
「シャワー借りた」
「服は」
「置いたままのやつあったろ」
「着てた服はどうしたの」
「わかるだろ…」

眠いんだ、寝かせてくれ、そう言ったきりダンテは動かなくなった。時計を見ると、6時少し前。まだ早い時間だ。けれど勝手にベッドに潜り込んでしまった大きな子どものせいで、これ以上安眠はできそうにない。仕方なくベッドから抜け出し、階下に降りると、ああ、やっぱり。予想通りバスルーム前の脱衣所には血痕のついた服が脱ぎ散らかされていた。たぶんこれ全部返り血なんだろうな。と思いながらバスルームの戸を開く。ざーっと水洗いして、さらにごしごしと泡を立てて服を洗う。なんでわたしがダンテの服を洗わないといけないんだろうと毎度思うが、これももう日常茶飯事すぎて当たり前になってきてしまった。あらかた洗い終えたところで乾燥機にかけ、わたしもシャワーを浴びる。
一度寝室に戻るが、ダンテは寝たままだった。起きたら腹減ったと騒ぐだろうから、キッチンに降りて簡単に朝食の下拵えをする。さすがに朝からピザは食べないだろう。スープとパンを用意していると、ごとんと何かが落ちる音。十中八九ダンテだが、一応様子を見に行く。と、シーツにくるまったまま床に落ちたらしいダンテがいた。

「ダンテ、大丈夫?」
「…」

まだ寝ているのだろうか。近づくとぬっと腕が伸びて来た。驚くより早く手を掴まれ、シーツの中に飲み込まれる。白いシーツの中で、ダンテとの距離が近くなる。

「ダンテ」
「一緒に寝てくれ」
「朝ご飯作らないと」
「いい」
「よくないよ、わたしお腹すいたし」
「五分でいい」

ぎゅうと抱きしめられてぐりぐり首元に頭を押し付けられる。本当に大きい子どもみたいだ。ため息をついて立ち上がると、ダンテが不服そうに見上げてきた。

「子どもっぽいって思ったろ」
「大人っぽいとは思わないかな」

ひょいと横に抱かれてベッドの上に落とされる。ぎっとベッドが軋んで、体を起こすより早くダンテが迫ってくる。

「子供扱いするなら寝かしつけてくれ」
「さっきまで一人で寝てたのに?」
「寒いんだよ」
「服着てないからでしょ」

上半身裸であることを指摘するとどさりと伸し掛られた、かなり重い。

「ぐえ」
「はー、あったけぇ」
「どいて!潰れる」
「添い寝」
「わかった、わかったから、どいて」

息もまともに出来ず切迫づまって頷くとダンテは満足そうに笑った。それからわたしの横に体を移動させると、今度はぎゅうと抱きしめてくる。それがまたかなりの力なのでたまったもんじゃない。

「苦しいってば…」
「抱き心地いいんだよ、あんた」
「抱き枕買えば?」
「そんな金あると思うか?」

確かに愚問だったかもしれない。あったけえし、柔らかいし、あんたが一番だとあまり嬉しくない講評をしたダンテは暫くごそごそと動いては寝やすい体勢を整えていた。やがていい位置が見つかったのか、しっかりとわたしを抱き直してふうと息をついた。

「イイ匂いするな」
「シャンプー?」
「いや、あんたの匂いだ」

くんくんと鼻を鳴らされ頸がくすぐったい。背中に感じる温かさに、遠のいた筈の眠気が再び訪れてきた。

「…起きたらご飯作るの手伝ってね」
「勿論」

お腹に回された腕に手のひらを乗せて、わたしも一つ欠伸をする。きっとわたしも彼も五分どころでは起きないだろう。窓の外では段々と朝の喧騒が大きくなって来ているけれど、大きな子ども半魔にまんまと唆され、わたしはまた眠りに落ちた。

ALICE+